437話 再び勉強会
このように雨妹が心にモヤモヤを抱えた状態で友仁の部屋に到着すると、明が扉の外に立つ。
内側は立勇が守り、外からの面会を遮断される。
「いい機会ですし、皇族の婚姻についての話をしましょう」
胡安が卓を用意しながら、友仁へこのように話す。
「……」
友仁が緊張したように席へ着くのに、雨妹もそこへ混じるように促され、友仁の隣に座る。
「雨妹にも現状を正しく知ってもらわなければ、政争に巻き込まれかねません」
胡安にそう忠告され、雨妹はごくりと息を呑む。
――厳戒態勢で話すようなことなんだな。
この雰囲気に雨妹まで緊張してしまい、胡安にお茶を淹れてもらっていることに、お茶を配られた後に気付く始末であった。
いや、気付いたからといって、雨妹が友仁にお茶を淹れられるかというと、それもまた問題なのだけれど。
それで言うと、胡安のお茶技術は、雨妹よりも上だということになる。
――文官の人も、お茶を上手に入れる必要があるんだなぁ。
雨妹が妙な事に感心してしまい、若干肩の力が抜けたところで、胡安による講義が始まった。
「友仁殿下が今しがた見た光景は、皇族以外の人物であればなんら問題はありません。
恋だの愛だのを好きに謳歌して、婚姻でもなんでもすればいいのです」
胡安の説明の仕方はなんとも雑だが、余計な装飾語がないのでわかりやすくはある。
「皇族は違うの?」
友仁が尋ねるのに、胡安は頷く。
「皇族の婚姻は縛りが多くありますが、中でも特に厳しいのが、異国の者を妃、もしくは婿に娶ることを禁じているものです」
「そうなんですか!?」
雨妹は思わず声を上げる。
なんと、沈とリフィの恋物語には、冒頭から大問題が発生していた。
――初耳なんだけれど!?
しかし思い返せば、後宮に異国の姫などはいない。
婚姻も政治の一環だと考えるならば、国同士の結びつきのために他国から妻を娶るなど、ありそうなものなのに。
「それ、法でちゃんと決まっていることなんですか?」
雨妹が尋ねるのに、これまた胡安が頷く。
「そうです。
この決まりは、他国から国や各州の自治を乗っ取られることを警戒してのことなのです」
そう話す胡安によると、実際過去にそうした事件があったらしい。
曰く、いつ皇族と縁があったのかもわからない青い目持ちの庶民が利用され、「誰それ皇子のご落胤である」という触れ込みで他国の王族を後ろ盾とした者が宮城に乗り込んできて、政治に干渉されたのだそうだ。
その誰それ皇子とやらには、「あの時恋に落ちた相手の子かもしれない」という心当たりがあったようで、きっぱりと「嘘だ!」と断じることができなかったという。
――DNA鑑定とかの技術がないと、まあ真実を特定するなんて無理だよね。
雨妹も当時の大混乱を想像して、一人頷く。
「その揉め事が泥沼化した挙句、あわやどこぞの国の属国化となるか、という所まで発展したようでして。
当時は次期皇帝の座が定まっておらず、その隙を他国に突かれたのでしょうね」
国内勢力で皇帝の座を争うのだって泥沼になるのに、そこへ他国からも参戦されるとなると、もう底なし沼になる未来しか見えない。
それでこのことで懲りた宮城は、それ以来「宮城が認めている皇族は異国人の婿、もしくは嫁を貰うべからず」という決まりができたそうだ。
法律で「貰ってはならない」と決めてあるので、万が一「ひっそりと隠れてお付き合いをしていた時の子どもだ」と主張されたとしても、「そのような子どもは存在しないはずなので、交渉もしない」と突っぱねるのだそうだ。
ものすごく乱暴な理論に聞こえるけれど、恐らくはその時の事件で大変な苦労があってのことなのだろう。
するとここで、雨妹は「あれ?」と気付く。
「それなら、あの初日にいた押しかけ嫁候補の皆様も、国の法的には認められないということですか」
「気付きましたか、その通りです。
だからこそ斉家の娘は『我にこそ機会あり』と見なし、まるで己が妃に決まったかのように勘違いをして、あのような馬鹿な行動をしてしまうのでしょう」
そう話すと、胡安は悩ましい溜息を吐いた。




