436話 振り回されている感
柱の陰に隠れているのは、友仁であった。
そのすぐ後ろに胡安もいるが、明は少し離れた場所に待機している。
恐らく明はあの柱の陰に入りきらず、追い出されたのだろう。
「なんでしょうかね?」
「わからぬ」
雨妹が問うのに、立勇も困惑顔だ。
――わからなかったら、直接聞いてみるに限る!
というわけで、雨妹は立勇を明がいる場所に残し、友仁が隠れる柱にまでそそっと忍び足で近付いていく。
胡安は雨妹がやって来たことに気付いたが、友仁は観察に夢中で気付いていない。
「殿下、こちらでなにをされておられるのですか?」
雨妹がひそっと声をかけると、ビクッと肩を跳ね上げさせた友仁から「しぃっ!」と静かにするように注意される。
「あのね、ほらあそこ」
友仁は指さした先、はるか向こうの庭園に見える小さな人影を指差した。
「ふむぅ?」
雨妹はそちらに目を凝らしてよくよく見る。
――あれは沈殿下と、リフィさんじゃんか。
その主従が談笑しているらしいのだが、とても楽しそうに、そして親密そうに、近距離で会話を交わしては、互いに手を握り合ったりしている。
「おお、なんだかいい雰囲気みたい」
傍から見ていてまさしく逢引き現場である様子に、雨妹の野次馬心が騒ぎ出し、鼻息が若干荒くなる。
「ね、ぴったりくっついていて、仲良しだ」
そして友仁が微笑ましそうに呟く。
子どもに微笑ましいと思われているとあちらの二人が知れば、どういう反応をするだろう?
――沈殿下なら、案外「そうか?」と堂々としそうだけれど。
そのようにこそこそする雨妹の傍らで、胡安は難しそうな顔をしていた。
「なるほど、沈殿下が並居る嫁候補を蹴散らしていたのは、そういう理由か。しかし――」
なにがもごもごと呟いている胡安だったが、そんな三人に割って入った声があった。
「どうか、そっとしておいてはくれませんか?」
いつの間にか林俊が近くに立っていた。
彼は怒っているような、悲しいような、複雑な表情をしている。
「お願い申し上げます、今見たことを、どうか誰にも言わないであげてくださいませ。
あの二人にも、友仁殿下のご滞在時には気を配るように言っておきますので」
雨妹と友仁は、ただ幸せそうな二人を眺めていただけだったのだが、林の態度にはそれでは済まされない悲壮さがにじみ出ていた。
「……わかった」
そんな林の必死な様子に、友仁は困惑したように雨妹と胡安をちらりと見てから、とりあえず頷くのだった。
その後、とりあえず沈に気付かれないようにその場を去ろうということになる。
そして雨妹と立勇は「いけないことをしてしまったのか?」と不安になったらしい友仁を放置するわけにはいかず、一旦友仁の部屋へと一緒に向かうことになった。
そんなわけで、雨妹は明に護衛されつつ戻っていく友仁の後をついて行きながらも、ひとつ気になることがある。
――沈殿下は、友仁殿下が野次馬していることに気付かなかったの?
あの沈は皇子として微妙な立場を、ずっと綱渡りして生きてきた人だと明から聞かされた。
もしあの現場が人に見られてはならない類のものだとするならば、そんな人が、あのように誰かに見られる可能性が高い場所で、うっかり逢引きするだろうか?
――もしかして、友仁殿下が通りかかる場所を選んで、リフィを誘ってあそこにいたのだとしたら?
それが一体なにを狙ってのことなのか、雨妹とて今はまだわからない。
けれど確実に言えることは――
「なんだか、ややこしいことに巻き込まれている気がする」
「同感だ」
雨妹の小さなぼやきに、意外にもすぐ傍から共感の声が上がる。
「あのような、迂闊なことをする御仁ではあるまいに」
そう語る立勇は眉間に皺を寄せており、どうやら雨妹と同じ違和感に行き当たったらしい。
「というよりも、この旅の最初から、都合良く振り回されている感があるな」
立勇がそう語ると大きく息を吐いた時、「くくっ」と前から明の笑い声が響く。
「悩めよ、若造共。
それこそが、あの沈殿下が宮城から警戒される理由さ」
そう告げた明は口の端を上げ、面白そうな顔をしていた。




