434話 料理長とお話
「お邪魔しまぁす」
雨妹が台所へ入り、ボルカのところへと他の料理人を避けながら向かうと、立勇は台所の入口で待機となる。
ボルカは兵士が台所に立ち入るのを、すごく嫌う人なのだ。
なんでも以前、酒に酔った兵士が酒のつまみになりそうなものを漁りにきて、食糧庫をぐちゃぐちゃにされたのだとか。
この件に怒り心頭になったボルカが「兵士及び無関係の者は立ち入りを禁ずる!」と決めたのだという。
なので、沈ですら台所へは入れないらしい。
これは食べ物を取り扱う人を怒らせるといけない、という例である。
そんな中、雨妹は都から来た余所者であるにも関わらず、ボルカに「関係者」と認定されて、こうして立ち入りを許された稀有な存在であった。
「で?」
やってきた雨妹に、ボルカは短く問いかける。
「今朝の食事も、問題なく召し上がっておられました」
雨妹が早速報告すると、ボルカが「ふぅむ」と顎を撫でた。
「どうやら、乳はどれも平気なようだな」
ボルカが作業台の隅に置いてある木切れを手に取ると、何事かを書き付けていく。
雨妹とボルカは友仁に各種乳製品を試してみて、過敏症が出るかを観察していたのだ。
これはボルカが言い出したことであった。
「乳を飲めねぇっていう奴だって、山羊のはいいが馬はだめだとか、色々ある」
雨妹が過敏症について話しをしたところ、ボルカはこのように語った。
だから食材選びは慎重にする必要がある、というのである。
だが言われてみれば、同じ過敏症の症状だと花粉症があるが、あれだって花粉の全てが花粉症患者全員に害を及ぼすわけではない。
それぞれにどの植物の花粉に弱いのかという、個体差が存在するわけで。
それが乳製品とて同じ理屈になるということだろう。
――日本だと、乳製品といえば牛乳だったしなぁ、そこは思い至らなかった。
その牛乳とて、牛という動物は数えきれないほど多くの種類が存在するのだ。
冷涼な気候を好む種から逆に寒さに弱い種までいるし、それぞれが食べるものだって違うのだから、作られる乳にも違いがあって当然だろう。
その上乳を出す動物は、他にも様々いるわけである。
それを考えれば、幡に来て最初に奶茶を飲む際に一応様子を見たものの、もう少し気を付けるべきだったのかもしれない。
まあ結果、友仁は乳製品が概ね平気なようで、美味しく飲めたのだからいいのだが。
やはり無知とは危ういのだと、己を戒めた雨妹である。
このように反省しながら、朝食の報告は続く。
「ただ、付け合わせにあった野菜が苦いらしく、拒否感があったようですが、こちらは好みでしょうかね」
「まあ、子どもってぇのは苦い味は苦手だ。
けれどあのひょろっこい身体だぁ。
多少の苦さも堪え、滋養のあるもんをたぁんと食わんといかん」
雨妹が朝食風景を思い出しながら話すのに、ボルカが渋い顔でそう告げる。
――まあ、丹国の人からは友仁殿下って、なおさら細く見えるだろうね。
幡にやってくる異国人たちは、あちらの人びとの特徴なのか、男女ともに身体ががっしりとしている。
人種差もあるだろうが、あちらの人びとにはどうやらある程度肉付きの良い方が、男女ともに好まれるらしいのだ。
そのいい例がリフィであり、崔国の特に都の感覚だと若干「太っている」と見なされるのだろうが、こちらでは理想的な肉体美らしい。
確かに雨妹としても、リフィは「ぽっちゃりさん」と称するにはやや足りないくらいの、絶妙な線をいっていると思う。
それゆえに、友仁の細さは異国人からは病的に見えるのだ。




