432話 では、早速
――せっかくの温泉なのに、暗いことを考えちゃった、ああ嫌だ嫌だ!
そんな暗い思考を振り払うように、雨妹はリフィに問いかけた。
「あの、この温泉の効能はわかっているのですか?」
「効能、ですか?」
しかしリフィには効能という言葉がわからないらしく、首を傾げている。
効能を調べるという文化がないのか、はたまた異国人故に言葉が理解できていないのか、そのあたりはわからない。
――まあ、立勇様が言うには、リフィさんってお姫様育ちっぽいし。
温泉文化があるなら「この湯はどこそこに効く」ということも伝わっていそうだが、リフィは故国でそうしたことをわざわざ調べる身分ではなかったのかもしれない。
そうしたことを調べるのは、庶民たちであろう。
けれど温泉が健康に良いことはわかり切っていることなので、今すぐにやるべきことは、この温泉の浸かり心地を実感することだろう。
というわけで。
まずは一番偉い人物からということで、友仁の温泉初体験となった。
「友仁殿下、お湯加減はどうですか~?」
「気持ちいいよぉ」
雨妹の問いかけに、友仁がゆったりとした口調で返す。
現在、雨妹に付き添われた友仁は、広い浴槽の端っこにちょこんと座り、温泉に浸かっている。
大人が半身浴できる程度の深さであり、子どもの友仁だと胸元までお湯があった。
「きっと今、皇帝陛下よりも贅沢をしていますよ」
雨妹はそう語りかけながら、友仁の肩が冷えないようにお湯をかけてやる。
「ふふ、そうかも! こんなたくさんのお湯を、独り占めだものね」
そう言って友仁が楽しそうに笑う。
この場にいるのは雨妹のみで、リフィには外してもらった。
立勇は沐浴の入口を守っている。
余人を遠ざけたのは、友仁の背中の鞭の痕を見られないようにするためだ。
友仁自身は傷痕が背中ということもあり、自分では見えないのであまり気にしていない様子であった。
けれど大人が心無いことを言うのは避けなければならない。
その友仁は、両手で温泉のお湯を掬ってはフンフンと嗅いでみている。
「普通の沐浴の時よりも、温かい気がする」
温泉初体験の友仁は、どうやらポカポカと温かいのが不思議らしい。
これに雨妹は解説を入れる。
「温泉のお湯は火山の熱で温められ、その上色々な大地の力が溶け込んでいるのです。
つまり、大地の力が秘められている奇跡の湯というわけですよ!」
「へえぇ、火山ってすごいんだねぇ」
雨妹の力説に、友仁が感心してくれる。
これが立勇であれば「また妙な知識を」と呆れるところだろうが、友仁の素直さが、雨妹には新鮮で心地よい。
「そんなにいいものなら、ここまでの旅で疲れただろうし、みんなで温泉を楽しめるといいね」
それに旅の一行にも思いを馳せることができるとは、優しい皇子である。
「せっかくお湯を溜めたのですし、もったいないですものね。
沈殿下にお伺いしていただきましょう」
雨妹がそう答えたところで、友仁は温泉から上がることとなった。
温泉に慣れていないので、あまり長く浸からせるのは逆に良くないだろう。




