429話 話はちゃんと伝わらないもの
他の一行の者たちは、一応青い目持ちである雨妹のことを「どういう身分なのか?」と考え、慎重になっているところがある。
一方であの娘は、雨妹が荷車移動で満足している上に、服装もさほど高級なものではないことで、「この相手は自分よりも下にいる」と安心したのだろう。
けれど他の者はあの娘と同じように雨妹の態度で「さほど偉い人物とは思えない」と考えたとしても、やはり青い目持ちは警戒するものなのだ。
――万が一本当に皇族だったら、その人への悪口なんて、自分の命を捨てるようなものだものね。
それをあの娘が「自分は大丈夫」と考えているのだとしたら、これまで余程「恩家と縁のある大店の娘」という事実が盾となってくれて、それに頼って暮らしてきたのだろう。
だが、その盾はもう使い物にならないのだ。
「あの人の言い方って、『皇太后派です!』って言っているようなものですよね?」
雨妹は気になった疑問を述べる。
「恩淑妃は皇太后派であるので、当然その一族も調査の対象であるはずだ。
となればあの者が言う大店とやらも、無関係ではいられぬ」
立勇の意見に、雨妹も「ふぅむ」と唸る。
「店がその粛正の影響をなんとか免れるために、あの人をこうして送り込んだとか?」
「あり得る話だが、それにしてはあの言い様はな……」
雨妹の推測に、立勇が奇妙そうに首を捻っている。
確かに、店が生き残りをかけて友仁一行に加えたのであれば、『恩家と繋がっています』と主張するのは駄目だろう。
この友仁の外出がなんのためのものなのかを考えれば、皇太后派である恩家の名前を出すのは悪手だと分かりそうなものなのに。
「外城住まいには事件の派手さばかりが目立ち、皇太后失脚の詳細が伝わっておらぬのか?」
立勇もそのあたりの情報にあまり詳しくないらしい。
彼自身は宮城と後宮の事態収拾で忙しかったであろうから、外城事情に疎くなっているのも無理はない。
――呂さんとかに聞けばわかるかな?
雨妹はそう思いつつ、自身も思い付きを口にしてみる。
「もしくは尼寺行きを、単なる第一線からの引退に伴う隠居生活のため、と考えているとか。
それで影響力が減りそうな家から乗り換えたい、なんて」
雨妹はすっかり慣れてしまったが、後宮や宮城の常識は、外でも常識とは限らないのだ。
「ああ、それもあり得るか」
雨妹の意見を立勇は否定しない。
そこはともかくとして。
この娘は後宮から出された人員ではないようなので、元の仕事は宮城の下働きか、もしくは宮城に出入りする商人が提供した雑務用の人手なのだろう。
この無知ぶりだと、恐らくは後者の可能性が高い。
けれどもここから出世の道をつかみ取るには、自身の性格が伴っていないと見える。
このように雨妹と立勇がひそひそとしていると、胡安が「それで」と女に告げる。
「側仕えを望むのであれば、処女検査をしてもらうが。
はて、誰かいるかな?」
「なっ、失礼します!」
最後に胡安が周囲を見渡し、適当に検査する者を選ぼうとするので、その娘は慌てて駆け去っていく。
その際に、雨妹と立勇を忌々しそうに睨んでいくのを忘れない。
――いや、私たちに当たられてもさぁ。
通りすがりに、なんとも疲れた出来事であった。
そんなことがあった雨妹の一方で。
友仁は本日、邸宅でゆったりと過ごす予定となっていた。
「慣れない旅の移動で疲れたであろう、まずはその疲れを癒すといい」
このように述べた沈は、まだ子どもの彼に無理をさせるつもりはないらしい。
――それに、自分だって休みたいよね。
「皇族の仕事を実際に見て学ぶ」という名目でやって来ている友仁なので、その友仁が一緒にいる時は、当然沈は仕事をしなければならないわけだ。
ひょっとしてここまでの道中、沈自身もいつもより多めに働いていたのかもしれない。
「この邸宅内であれば、どこを見てもよいぞ。
そのように皆に申し付けておるからな」
さらに沈がそう言ったため、友仁の興味は邸宅探検へまっしぐらとなった。




