425話 面倒は避けるべし
ここまでの沈の話を整理してみる。
揚州とはこれまでに国境線が頻繁に変わってきた地で、そこに住まう人々はその変わった際に起きた出来事をいつまでも引きずってしまう、ということになるのだろう。
この話から導き出されるのは、「国境紛争の泥沼化一直線」という状況だ。
どこかの時点で和解して水に流すことをしないのであれば、平和に治める手立てはほぼ無いと考えた方がいいだろう。
――国境地帯でも、苑州とこんなに違うんだなぁ。
雨妹はいっそ感心してしまう。
そして皇子という身分である沈がなにか揉め事を起こせば、即国境紛争に繋がってしまうのだ。
それは危険物が歩いているにも等しいかもしれない。
そのことを、沈自身もよくわかっているようで。
「最善は面倒とかかわらないこと。
面倒になりそうな状況からは即座に逃げることだ」
ということだった。
「仮に前もってあの出迎え勢のことを知らされていたとしたら、宮城から同行した者たちは『皇子の品格云々』などと言い出し、沈殿下の不在を許さなかったでしょう」
胡安は話ながらも様子が容易に想像つくのか、重い溜息を吐く。
――なるほどね。
雨妹はここまでの長い前置きを経て、やっと沈の言いたいことがわかった。
沈はそうした理由で、あの女たちの出迎えがあるとわかっていながら、誰にもなにも告げずに逃げたのだ。
沈側の人間だけならば問題なかっただろうが、揚州の習慣に慣れていない友仁一行は、出迎え勢からなにがしかのしくじりを引き出され、言質を取られて要求を通されてしまっただろう。
――それに、明様が沈殿下の逃走を見逃したってことだものね。
明ならば皇帝に近しい近衛として、皇子である沈に意見することができる立場だ。
逃走に気付いて連れ戻すことだってできたはず。
それをしなかったのだから、なにか考えがあると思ったのかもしれない。
「そちらの事情は理解いたしました」
あの到着騒動で怒っていた胡安が、そう切り出す。
「土地の性質とは、現地に赴かなければわからぬことが多いことは、私も知らぬわけではありません――しかし」
胡安が和解の姿勢を見せたことで、責められていた当人である林がホッと安堵した顔になったが、それもつかの間のことだ。
「先にも述べましたが、皇族への無礼は死に容易に繋がるのだと、この地の民に改めて知らしめる必要があることは確かです。
そのような土地柄であれば、なおさらのこと」
胡安はチクリと忠告をすることも忘れない。
けれど胡安の言う通りで、揚州側が「こちらは皇族を崇めない土地なのだから、これが普通だ」と主張したところで、それは法と前例に則って動く宮城には関係のないことだ。
揚州では無礼を許して他の州では許さないなどという差異は、あってはならないだろう。
「確かに、ありゃあさすがに酷いな」
明も胡安の意見に同意する。
――実際佳でも、ちゃんと太子の出迎えは屋敷の皆がお行儀よくしていたもんね。
県主一派に仕切られていた屋敷であっても、皇族への礼儀は守っていた。
一瞬の礼儀で命が守れるのだから、そのくらいは割り切るということだったのだろう。
宮城とて人々の心の内までは咎められないのだから、表面上の礼儀で十分なのだ。
「仰る通りです」
胡安のもっともな意見に、林が唇をかみしめる。
しかし、ここで緊迫した空気を破るのが沈であった。
「いやいや、明殿をはじめとする友仁のお付きたちのおかげで、あの連中に良い薬を与えられたことだろう。
よかった、よかった」
のん気なことを言う沈に、林がこめかみを引きつらせる




