424話 土地によって色々なので
沈が詳しく説明した。
「確かに佳の連中は、文句を言って喧嘩になるのが早い。
だが腹を割って和解するのも、また早いのだ。
だからこそ、皇帝陛下と黄大公の和平があれほど上手くいった」
これに友仁は「そういうものなのか?」という感じに首を傾げ、その隣で胡安も思案気な様子だが、雨妹には沈の意見が実感としてわかる。
――思い返せば、そういうところはあったかも。
雨妹も佳の街で最初こそ都人だとチクチクと噂されたというか、見世物にされていた気分だったが、打ち解けるのも案外早かった。
特に港の辺りでは、海鮮好きに悪人はいないのだ。
最後まで敵視されていたのが利民の屋敷の使用人たちだが、彼らは敵視することで明確に利があった者たちばかりだった。
納得顔の雨妹の様子を見て、沈はさらに語る。
「それに比べてこちらは、わかりやすく言えば異様に根に持つと言えようか。
余所者には慣れているから、そうそう喧嘩腰にはならん。
だが一度関係が拗れれば最悪だ。
この地に住まう者らは、本当にしつこいぞ?」
言いながらあれこれと思い出すのか、沈がしかめ面になる。
「数世代どころではない程に前の出来事を、まるで先日のことであるかのように論じ、責任がどうのと言ってくる。
聞くが、今の陛下の系譜となるはるか昔にあった国の過ちの責任と言われても、『そんなものは知らぬ』と突っぱねる以外になにができる?」
沈が熱く語るのに、雨妹も「うぅむ」と唸るしかない。
――それは、しつこいどころじゃあないかも。
前世的に言えば、「お前の先祖は平安時代にこんなことをして我々を困らせた、今謝れ」と言われるようなものか。
己がその先祖とやらの直系であっても、言われればかなり困るだろう。
だが一方で、日本の隣国の名が周でも漢でも明でも中華人民共和国でも、日本人にとってはまるっとまとめて「中国」という認識であったことも、また理解できるのだ。
これは国の中と外という違いだろうが、ここ揚州人は崔国内でありながら、外寄りの考え方をするのだろう。
雨妹がそう理解しようとしていると、沈の話はまだ続く。
「根に持つのと同時に、着せられた恩も厄介事に成り得る。
この地では『無私の恩』などない。
あちらは己の一族が何百年も前に与えた恩をいつまでも覚えており、しかも時が経つにつれてあちらが認識する恩が増大するため、いつになっても恩を返したことにならぬ。
あの女たちも、その『いついつの恩義を返してもらうため』というのが言い分だ」
ここまでの沈の話を聞いて、友仁はやはりあまりよくわかっていない様子だが、胡安は面倒臭そうに眉間に皺を寄せている。
一方で立勇や明は知っていたのか、それとも訓練の賜物か、表情を変えない。
「つまりですね、我々が今ここの地元民と揉めるなり借りを作るなりすると、我々の子々孫々はそれについて延々と文句を言われ続けるということです」
「えぇ!?」
胡安が沈の話を簡単にして告げると、友仁はやっとわかったらしく、驚いて目を見開いている。
「友仁殿下、地元の人との交流は慎重にしましょう。
安易に恩を受け取ってはなりません」
胡安の忠告に友仁が何度も頷いており、雨妹も釣られて頷く。
今雨妹たちには自分の未来の血縁に対して、かなり重大な責任がのしかかっていると言えるだろう。
――そんなに重たい責任を背負い込むことってある?
雨妹としてはそういう面倒な人と、できる限り他人でいたい。
「まあ、こちらから恩を売ると、いつまでもそれを大事にしてくれる。
その点はいい連中だ」
危機意識が最高に高まっている雨妹たちに、沈が苦笑してそう付け加えるが、あまり慰めにはならなかった。




