421話 お茶を飲む
案内された卓へは、立勇と明も一緒に座ることとなった。
二人は護衛であるからと言って、同席は断ろうとしたのだが。
「沈殿下たちはああなれば、どうせしばらくかかります。
その間立っていられても、こちらの御方も息が詰まるでしょう?」
女性は微笑みつつそう意見する。
なかなかに押しが強い人のようで、友仁も二人の同席に頷いたことから、結果立勇と明も友仁と共に座ったのだ。
「沈殿下の御世話をしている、リフィと申します」
そう名乗った彼女は、崔国人ではない。
今お茶を用意してくれているが、話す言葉は多少訛っているものの、片言ではない。
先だって知り合った、あのダジャルファードよりも流暢だろう。
その肌は多少浅黒く、髪は栗毛で、顔立ちがはっきりとしている。
衣装は異国の者が纏っている、砂を避けやすい意匠だ。
聞けば、リフィは幡の向こうにある隣国のさらに隣の国―― 丹国の出身らしい。
傍仕えに異国人がいるあたりは、やはりここが国境の土地なのだと思わされる。
同じく国境である苑州でも隣国である東国とかなり昔から互いの民族同士の婚姻が盛んなようであるし、徐州の佳の港町でも、ひょっとしたら海の向こうからやってきた文官などがいるのかもしれない。
雨妹がそんな風に思いを巡らせている中で、リフィが入れてくれているお茶は、奶茶――ミルクティーであった。
「それは、茶なのか?」
淹れ方が崔国風とは違うお茶に、胡安は奇妙そうな顔をするが、顔をしかめるのをなんとか堪えたという方が正しいかもしれない。
一方で雨妹は、奶茶は辺境の里で時折物々交換に訪ねてくる遊牧民たちが振舞ってくれたので、懐かしい飲み物である。
遊牧民たちが淹れる奶茶は、鍋に沸騰したお湯で茶葉を煮出し、そこに乳を加えるのだが、それはこの奶茶も同じらしい。
茶器の代わりに小鍋が置いてあるので、胡安のようにこれに慣れていないと、お茶を淹れているようには見えないのも頷ける。
「奶茶か」
だが立勇はさすが、立彬として側仕えをしている身なので、奶茶を知っていたらしく驚きは薄い。
明もさして驚いている風ではないので、皇帝付きとして従った先で飲んだことがあるのだろう。
友仁はというと、興味津々といった様子である。
友仁は身分が高いので、乳製品を見知っているため、胡安に比べて驚きが少ないのもあるだろう。
「ふむ、そこで混ぜるのか」
立勇は本場の奶茶の淹れ方が気になるようで、女性の手元を注視しており、雨妹はお茶の香りをくんくんと嗅いでいた。
「辺境で飲んでいた奶茶と、少し香りが違いますね」
雨妹が呟くのに、リフィが「あら」と声を上げる。
「あなたは、このお茶に馴染みがあるのですか?
故郷ではこれがよく飲まれるのですけれど、香りの違いは、乳の種類かもしれません。
これは山羊の乳を使っていますが、他にも羊や牛に馬と、乳も色々ありますし」
「なるほど!」
リフィの意見に、雨妹は大きく頷く。
それに例え同じ山羊の乳だったとしても、食べている草の種類が違っても、当然香りや風味が違うだろう。
このちょっとした差異を知ることこそ、異文化交流の醍醐味だ。
そんな話をしているうちに出来上がった奶茶は杯に注がれ、それぞれの目の前に配られた。
「では、いただこう」
ここで一番に奶茶に口をつけたのは、意外にも不安そうに奶茶を見ていた胡安だった。
この面子で身分が低いのは雨妹に次いで胡安であり、毒見役を目下となる雨妹に押し付けることは、彼の矜持が許さなかったのかもしれない。




