420話 遅れてきた
明の話は沈の視点での話だったが、呂は揚州側の視点で話をしてくれた。
皇族が余所者扱いを受ける土地で、うまく立ち回るのは容易ではない。
沈の立場を雨妹にもわかるように例えるならば、黄家が支配している徐州を、突然雨妹が派遣されて「これから上手く治めるように」と命じられるようなことかもしれない。
黄大公や利民などは、頭ごなしに言われれば黙っていないし、当然反発するだろう。
――まあ、苦労するどころの話じゃあないよね。
そんなことをするならば、多少なにか問題があろうとも、黄家に任せた方が労力も少なく楽なはず。
揚州だって本当はそうしたかったのだろうが、それが出来ない程に斉家がなにかをやらかしたということなのかもしれない。
その尻拭いをされられたのが、沈ということか。
――けどさ、皇族って案外苦労性じゃない?
そういえばあの父も、つい最近皇太后が失脚するまでは、皇帝なのに宮城では押さえつけられ、余所者扱い同然であったのだった。
自陣が敵陣みたいな環境になるのは、この国の皇族のお約束かなにかなのか?
ふと、そのような考えが脳裏をかすめた、その時。
「いやぁ、ご苦労だったな」
のん気な声が響いたかと思えば、沈が馬の手綱を引いてやって来たではないか。
「やってくれましたな、沈殿下」
膝をついて友仁側から説教されていた男は、その沈の姿を見て唸るような声を出す。
「これこれ、顔が怖いぞ」
しかし沈は苦情にも全く動じずに笑顔で流し、近くにいた者に馬を預けると、友仁に笑いかけた。
「遅まきながら、ようこそ幡へ! 出迎えも賑やかだったであろう?」
あの騒動を「賑やか」の一言で済ませるとは、沈はなかなかの強心臓っぷりだ。
しかし皇族に振り回されることに慣れている立勇と明であるので、この沈の態度に怒りを見せることはせず、ため息で気持ちを収めた。
沈の代わりに説教を受けた形である男は、貧乏くじを引かされたようなものだが、その鬱憤は自分で主にぶつけてほしいものだ。
そしてあの出迎え騒動について、沈と話をしないわけにはいかないということで、場所を邸宅内の部屋に移し、改めて話をすることとなった。
「雨妹も一緒に」
友仁がそう言って雨妹の同行を望んだのは、知らない場所に滞在する心細さからだろう。
そういう時になにか知っている物を手元に置いて安心したい気持ちはわかるので、雨妹は了承する。
そんなわけで、雨妹は自分に割り当てられた部屋へ荷物を放り込み、友仁に同行した。
ちなみに滞在先では必ず立勇が同行するのは継続中であり、明も友仁付きとしている。
こうして向かった部屋では、既に場が盛り上がっているようだった。
「天元、さては良からぬ企みがあると知っていたな?」
友仁側に説教されていた男が、沈に問う声が響く。
「ふん、見張りがないと思う奴が馬鹿なのさ。
情報を漏らすならば、もっと上手くやらないとなぁ」
飄々とした態度で返す沈に、男のこめかみが引きつる。
「それにしても友仁殿下を囮にするなど、なんということをするのか!」
「明がついて来ているのだぞ? 滅多なことにはならないさ。
これで連中もほとぼりが冷めるまで、自重してこちらに近付けまい。
今後しばらくは貴重な時間を奪われずに済み、助かる助かる」
「反省していないな!?」
友仁がやってきたことに気付いているのかいないのか、二人が激しく言い合っている。
どうすればいいのか困惑顔の友仁を、沈の側仕えであろう女性が卓へと導く。
「しばらくお待ちくださいませ、そのうちあちらも口喧嘩にも飽きますので」
笑顔でそのように告げてお茶を淹れ始めた彼女も、なかなかの大物である。




