419話 そして、気まずい空気になる
そんなことがあった後。
騒がしかった女たちと見物人たちを解散させてから、やっと一行が邸宅に入れるようになった頃には、かなり時間が経っていた。
気付けば、もう日が暮れ始める頃となっている。
早く荷物を片付けないと荷車をいつまでも移動できないため、一行は大急ぎで荷車から荷物を降ろしている。
雨妹も同様であり、早く荷車の自分の荷物を降ろして、友仁の体調窺いに向かわなければならない。
そんな風に忙しくしていると、状況が整うまで待機している友仁の前に、沈の供の一人である男が跪く姿が見えた。
「申し訳ございません。
このようなことにならないようにと、留守役に知らせを飛ばしたはずなのですが、どこかで行き違いがあったようです」
どうやら先程の騒動を謝罪しているようだが、遠目にも顔色が悪い。
崔の国ではめったなことでは膝をつかないのだが、男はそれを行って申し訳ない気持ちを体現しているようだ。
だがその顔色の悪い男に、胡安が友仁の側仕えとしてチクリと釘を刺す。
「皇族への無礼は極刑へ繋がるものです。
その認識を、果たしてあの連中はわかっているのでしょうか?
わかっているとするならば、命が要らぬと見える」
「それは、はい」
「揚州の性質や扱い難さはこちらも理解しているが、無礼を受け流すことは断じて許せぬ。
揚州の民にほだされることは、結果その民を危険に晒すことに等しい」
さらに明も苦言を呈した。
「……肝に銘じます」
その男は、ひたすら謝るしかできない。
友仁の性格が激しめであったならばら、下手するとあの場の全員処刑だった可能性もあるのだ。
「行き違いがありました」では済まされないだろう。
ところでその友仁だが、先程の女たちの騒ぎの前に立たされたにしては、案外ケロッとした様子である。
――まあね、最近まで側に付いていた女官があの文君さんだもんね。
あの過激な女官に比べれば、口論だけで手を出してこない女たちなど、さほどの脅威と感じなかったようだ。
結果として友仁はああした突発的な事態にも動じない「芯の強い皇子」という印象を与えられたという、なんとも意外な文君効果である。
それにしても、あの女たちも迂闊なことだ。
いくら前世に比べて情報のやり取りが難しい世界とはいえ、いや、情報のやり取りが難しいからこそ、あらゆる状況を想像することが必要だろうに。
あの連中は何故、軒車の中にいるのが沈だとばかり思い込んでいたのか?
雨妹が不思議に思っていると。
「どっかの奴が買収されたんだろうなぁ。
で、沈殿下のお戻りの日取りが外部に漏れた」
雨妹と同じくその様子を遠目に見ていた呂が、ボソリと漏らす。
「ははぁん?」
職場の汚職としてはありがちではある事態に、思わず半目になる雨妹だが、呂が話を続ける。
「けれど、情報が半端で友仁殿下が同行することまでは伝わらず。
情報伝達ではありがちなしくじりさぁ。
素人が裏情報なんぞ扱うと、こうなるってな」
呂は一人得心が行ったような顔になる。
――情報を漏らされたけれど、結果その情報であちらは自分の首を絞めたってことか。
情報の扱いには細心の注意が必要なのは、前世でも今世でも同じことのようだ。
それにしても買収ということは、かなり内部にまで敵に入られているということだ。
「沈殿下って、揚州では立場が弱いんでしょうか?」
疑問を口にする雨妹に、「いんや」と呂が否定した。
「弱くはないから、こちらさんも取り込むのに必死なんだろうよ。
元は自分たちが好き勝手に出来ていた所へ、急に皇子が我が物顔でやって来たんだ。
まあ面白くはないわな。
それにあの皇子じゃあなかったら話はもっと楽で、ここはとっくに異国だっただろうし」
「ふむぅ」
雨妹は荷降ろしの手を止めないようにしつつ、今の呂の話と、前に聞いた明の話を頭の中で比べる。




