418話 なんとか収まった
この立勇の剣幕に一瞬たじろいだ女たちだが、すぐに気を取り直して文句を言い出す。
「なんと野蛮、剣を抜くなんて」
「都人がなにを仰るやら」
「沈殿下は、大袈裟を好みませぬのに」
――すごい人たちだなぁ。
剣を抜いた近衛に盾突くその心の強さに、雨妹はいっそ感心してしまう。
明からこの地が宮城と揉めた歴史を聞かされていなければ、雨妹とてきっと驚いたことだろう。
事実、他の一行の者たちは仰天している。
これが都であれば、近衛に剣を抜かれれば、顔色を真っ白にするところだろう。
それに比べて雨妹たち一行に対する反感は、佳を思い出させる。
佳で滞在した屋敷でも、都人への反感が強かったものだ。
実際周囲でこの騒ぎを見物していた野次馬たちも、口々に囃し立てて女たちを援護している。
「高慢な都の皇子め」
「他人の土地で偉そうにしやがる」
「味方を増やせば喧嘩に勝てるってか?」
なんとも居心地の悪い状況で、軒車の方に動きがあった。
明が軒車の扉に声をかけたのだ。
「どうぞ、お姿をお見せくださいますよう、お願い申し上げます」
「……わかった」
軒車の中から子どもの声で応えがあったことに、女たちの動きがぴたりと止まる。
その一瞬だけ静まり返った時を見計らうように、軒車の扉が開く。
その中から、胡安に手を取られた友仁が降りてきた。
「沈殿下ではない!?」
友仁の姿を見た女たちは顔色を変える。
しかも青い目は明らかに皇族であり、女たちがむやみに見下して良い相手ではなく、「これは拙い」という雰囲気が彼女たちに広まる。
女たちや見物人たちは相手を沈だと思い、やいのやいのと言っていたのだろう。
この地の統治者という身分ある沈ならば、「統治者へ現地人が意見を上げている」という立場を押し通せるかもしれない。
しかし出てきたのは、まだ幼いとも言える子どもだ。
子どもを相手に騒いだとなれば、絵面は完全に彼らの弱い者いじめとなる。
そして友仁がどれ程の権力を有しているのか、現在彼らには情報がないはずだ。
どれだけ反感が強かろうと、皇族には強大な権力があるというのは事実なのだ。
――敵の素性がわからないって、怖いよね。
女たちは軒車の中にいる人物を確認してから、喧嘩を売ればよかっただろうにと、雨妹は思ってしまう。
この慌てだす女たちを、胡安が壮絶なしかめ面で冷たく睨みつけた。
「宮城から視察にやってきた客人に対して、やかましい鳥のように騒ぐのが幡流の持て成しか?
それはずいぶんと下品なものよ」
「なっ……!?」
女たちは羞恥で顔を赤く染めるものの、大勢の前で無礼な振る舞いをしたのは確かに自分たちであり、言い訳もできない事態だ。
――けれどいつもあの程度の態度は、沈殿下相手ならば問題にされないってこと?
成り行きを観察していた雨妹は、一人首を捻る。
皇族相手に良く言えば馴れ馴れしい、悪く言えば態度が悪い行いであるというのに。
それかもしくは、文句を言われても周囲が全て、自分たちの味方をしてくれるかだ。
この幡での沈の立ち位置が定かではないので、そのあたりはなんとも言えない。
けれどわざわざ訪ねてきた高貴な客人を無礼にあしらうのは、それとは別次元の問題であろう。
異国と行き来する商人たちで賑わっているのがこの街であり、客人を無礼に扱うなどという噂が流れれば、商人はこの幡をしばし避けるかもしれない。
そうなれば、幡の取り柄がほぼなくなってしまうのだ。
それを考えられない者はいないようで、女たちは冷や汗どころの話ではない。
「まことにな。
沈殿下ではなかったから、なんだというのか?
沈殿下の度量に甘えることと、無礼を行うことは別だ」
立勇が剣を突き付けたまま、声に怒りを込める。
女たちは今になってこの剣先が恐ろしいものだと認識したのか、そろそろと数歩後ずさる。
しかし、彼女たちに逃げを許さなかったのが、明だ。
「なにをぼさっと突っ立っている、叩頭せよ!」
明が吠えるように告げたことで、女たちはもちろん、周囲で見物を決め込んでいた者たちも一斉に首を垂れた。




