417話 到着すれど、入れず
幡の街は「異国風」ではなく、まさしく異国であった。
まず街中の建物は、粘土や日干し煉瓦造りが多い。
赤い大地からそのまま家が生えているようにも見えるのが、また不思議だ。
都にも土壁の家があるのだが、粘土や日干し煉瓦の家はそれとはまた違った風合いなのだ。
そしてその建物が並ぶ通りを、赤い大地の向こうからやってきた人々が、それぞれの国の意匠の服装をして闊歩している。
風で巻き上がる砂を避けるためであろう、皆布ですっぽりと身体を覆っている。
頭を布でグルグル巻きにしていたり被っていたりするのは、前世での中東の人々を連想させた。
「隣国やら、さらにその向こうの国やらからやって来た者たちだな。
商隊の中継地でもあるし、ここで拠点を構える異国の連中は自然と増えるってわけで」
彼らを見ながら、呂が解説してくれる。
「なるほど、佳は海っていう隔てる壁みたいなものがあるけれど、こっちはどこまでも地続きで壁なんてないですもんね。
人が入ってきやすいのか」
「そういうこった」
呂の説明に、雨妹も納得である。
こうして崔国風の格好を探す方が難しいくらいに、異国人ばかりである中を、いかにも「都から来ました」といわんばかりの軒車が通るのだ。
注目を集めるのは当然で、雨妹は荷車の上ながら、珍獣になった気分だ。
注目を集めながら通りを進み、いよいよ沈の本拠地らしき邸宅前に着いた。
さすが揚州を統率する立場にある皇子の邸宅であり、他の赤っぽい建物と違って壁が白く塗られ、装飾されたタイルが埋め込まれたりしている。
こちらもまさに異国風の邸宅であった。
その邸宅前に、前述の女たちがずらりと並んでいたのである。
ある者は叩頭し、ある者は異国風の礼の仕草をそれぞれにとっていたが、やがて顔を上げて口々にしゃべり出す。
「沈殿下、無事のお戻りを嬉しく思います」
「沈殿下、都はどうでした? あそこは悪鬼の巣窟でしてよ、きっとお疲れでしょう」
「沈殿下、お顔を見せてくださいませ」
「沈殿下、わたくしは……」
あっけにとられる雨妹たちの前で、女たちは口々に話し出す。
しかし、沈は彼女らの前に姿を見せない。
それも当然で、沈はこの一行の中にいないのだ。
「気晴らし」と言って馬に乗っていた沈は、突如「我は別の道から行く」と言って、駆け去ってしまった。
あの言葉通りであれば、今頃どこか違う場所から幡入りをしているはずである。
なるほど、馬に乗ったのは気晴らしなどではなくて、この人たちへの対応を避けたいがためかと、雨妹は察してしまう。
ところでこのような状況になり、困っているのは女たちが囲んでいる軒車に乗っている友仁であろう。
ああも「沈殿下」を連呼されて囲まれては、出るに出られないに違いない。
――これ、どうやって治めるの?
雨妹だけではなく、誰しもが困惑する中で、沈の供である者たちが女たちをどうにか解散させようとするものの、彼女らは「一目お顔を見たい」と言い張り、立ち退かない。
そのせいで女たちが壁となり、友仁の乗る軒車が敷地の中に入れずにいる。
そんな状況となっていると、一行でこうした手合いになれているのは、やはり皇族に常日頃付き従っている明と立勇であった。
「お前たち、一体誰の許しを得て顔を上げ、口を開くか」
立勇が沈の供と揉めている女たちの間に立つと、剣をスラリと抜きつつ、鋭い視線を向ける。




