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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十一章 南への旅立ち

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416話 幡の街

そのような騒動があった後、シェンはこの宿に当初の予定通りに滞在した。

 けれどその沈が出立する際、宿側の見送りの顔色が非常に悪いのは、なにか通達でもあったのかもしれない。


 ――もしかしてこの宿、帰りには更地になっていたりして。


 雨妹ユイメイは半分冗談、半分本気でそのように思う。

 その後も比較的のんびりとした道中となり、揚州との関所も問題なく通過する。

 関所といえば、徐州の関所を通った際にはお忍び旅だったこともあり、他の通行人たちと一緒に行列に並び待ったものだ。

 けれどこちらは皇子一行として通るので、事前に通達されていたこともあり、特別に優先的に通してもらえた。

 雨妹たちの乗る荷車も、さして取り調べられることもない。


 ――悪者はこうやって、密輸とかしちゃうんだろうなぁ。


 雨妹は特権的立場になってみて、偉い人は密輸し放題なのだと改めて考えさせられる。

 つまり密輸をするかしないかは、偉い人の人格に委ねられているというわけだ。

 先日(ミン)に聞かされたチー家についても、この「偉い人特権」を悪事に利用して、戦乱期の混乱で宮城の監視がなくなったこともあり、やり過ぎたのかもしれない。

 雨妹は関所を通るために並ぶ人々を横目にしながら、そのように想像してしまう。

 それはともかくとして。

 関所を通り過ぎてまた山道を行くことになり、雨妹もそろそろ荷車旅に飽きてきていた頃。

 旅路はやっと目的地に達しようとしていた。


「じきにこの山道を抜ける。

 そうすれば景色も変わるぞぉ」


腰が痛くなったので歩こうかと思っていた雨妹に、ふいにリュがそのように告げる。


「本当ですか!?」


景色の変化は大歓迎とばかりに、雨妹は前の景色に齧りつくことになった。

 そうやって前をじぃっと観察していた雨妹だったが、やがて山道の終わりが見えてきた。

 山道の先にあるのは、赤い大地だ。

 荒涼とした赤っぽい砂地に、低木が所々茂っているのが見える。


「うわぁ……!」


辺境の景色とも、佳で見た景色ともまた違う、異国を感じさせるどこまでも広がる赤い大地に、雨妹は感嘆の声を漏らす。

 その大地にまるで貼り付くように、大きな街があった。


「あれがファン、人と金と喧嘩が集まる街さぁ」


呂がその街を指さして、そのように説明する。


「ははぁ、いかにも賑やかそうですねぇ」


呆けたように前方を眺めていた雨妹が、街の様子をもっと良く見ようと身を乗り出した時。


「いかにも、賑やかな場所だな。

 そしてあそこが、我が棲み処でもある」


何故かシェンの声が聞こえてきた。

 訝しんで視線を巡らせれば、なんと雨妹の乗る荷車の近くで騎乗しているではないか。


「えっ、いいの……!?」


この一行で最も守られるべき皇子の片割れが、無防備に馬に乗っていることに、雨妹はギョッとする。

 そんな雨妹を見て、沈が「ははは」と笑う。


「良いも悪いも、我は普段であれば、このように軒車に閉じこもるような移動はせぬよ。

 これはあくまで、友仁のための移動である。

 だが我とて、いいかげん飽きたので気晴らしだ」


なんとも正直な皇子である。

 しかし「これでいいのか?」と戸惑う雨妹が呂にちらりと目をやれば、あちらは「まあ、いいんじゃないの?」という風な表情であった。

 これは雨妹がビビり過ぎなのか?

 いや、前後の荷車がざわついているので、きっと慣れている方がおかしいのだろう。


 ――下っ端には心臓に悪いから、気晴らしはそこそこにして軒車に戻って!


 雨妹のこの願いが、ぜひ通じてほしいところだ。


「そうだ、我もその焼き饅頭が欲しい」


だが願いは通じず、どうやら沈は雨妹の石焼き壺の中身を狙って近付いたらしい。

 しかも確実に、食べ頃の匂いを嗅ぎつけて近付いたのだ。


「……おひとつどうぞ」


偉い人に逆らえない下っ端雨妹は、仕方なく焼き饅頭をひとつ提供することになった。



そんなことがありつつも、幡にようやくたどり着いた一行であったが。

 出迎えのためらしく、豪奢に着飾った女たちが通りにずらりと並んでいた。


 ――え、なにこの人たち?

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