41話 怪しい男
友仁皇子に「饅頭好き」と思われたことに多少心に衝撃を受けた雨妹だが、このまま饅頭を差し出された状況を放置することができるはずもなく。
この饅頭を受け取るべきかと悩んでいると、友仁皇子付きの娘が声をかけてきた。
「あの、召し上がるのでしたらあちらでお茶をどうぞ?」
彼女はそうおずおずというか、オドオドした様子で言ってくる。
下っ端の雨妹に対してそう怖がることはないのに、何故か若干怯えられているのだが。
この反応は、玉秀のところのお付きの娘に少し似ている。
彼女もこの娘も、何故雨妹に対して下手に出るのだろう。
――私って怖そう? 偉そう?
前世では若い頃から「ベテラン感が滲み出ている」と同期に言われたものだが、それは今世でも健在なのか。
一方で雨妹が一緒に食べることを期待しているのか、友仁皇子がキラキラした目で見上げてくる。
これを無下に断って、しょげさせるのも申し訳ない気持ちになるもの。
それに実際手洗いに行って長時間戻らない宮女はいるので、彼女たちもどこかで息抜きしているのだろう。
なので雨妹もそれに倣うことにした。
「では、少しだけご一緒させていただきます」
「……! じゃあ、あっちの敷物へ行きましょう!」
雨妹が頷くと、友仁皇子が早速手を取って敷物の方へ引っ張って行こうとする。
「殿下、慌てては転びますよ!」
「平気!」
娘からの忠告も、友仁皇子にはどこ吹く風だ。
それにしても、友仁皇子が何故このような場所で野遊びのような真似をしているのか。
本来なら主会場の宴の中心部にいるべき人物だろうに、ここでこうして二人だけでいるのは不自然だ。
けれどその理由は雨妹にも想像がついた。
友仁皇子は食物過敏症の件で皇太后の意見を否定した形になり、不興を買っている。
そのため皇太后の周囲からの嫌がらせを避ける目的で、胡昭儀がここでひっそりと花見をさせているのだろう。
友仁皇子は卵を食べられないことが知れ渡っているため、逆にわざと卵を混ぜて食べさせられることを恐れたのかもしれない。
――でも、この方が案外楽しいかもね。
たった二人きりの花見であっても、主会場の宴よりこちらの方が断然楽しそうに思える。
周りの大人の顔色を窺いながらの花見なんて、子供にとっては楽しくもなんともないだろう。
こうして雨妹は短時間ながら、思いかけず友仁皇子と花見を楽しむのだった。
雨妹は友仁皇子と交流をした後、今度こそ元の場所へ戻るべく移動していた。
――うん、残り時間を頑張れそう!
饅頭とお茶を貰い温まった身体で足取りも軽く。
ルンルン気分で歩いている雨妹は回廊を通っており、もうじき遠目に宴が開かれている庭園が見えて来るという時。
「おい、そこの宮女」
回廊の陰になっている場所から、若い男の声に呼び止められた。
「はい?」
雨妹は返事をしながら声のした方を振り向く。
するとそこにいたのは、明かに宦官ではない格好をした男だった。
宦官ではない男なら、皇子だということになる。
だが不思議なことに、男は一人だけで誰も連れてはいない。
「あの、どのようなご用でしょうか?」
雨妹は相手から余計な因縁をつけられまいと、笑みを浮かべて柔らかい調子で尋ねる。
本日訪れている皇子たちは、年に一度の後宮参りとあって舞い上がっている者が多く見受けられた。
酒の勢いもあり、少々乱暴な振る舞いも目撃していたりする。
彼らの様子を見ていると、簪をしておくのが自衛になるという立彬の意見も頷けるものがあった。
要はぱっと見で、手出しはマズい相手だとわかるようにしておけということなのだろう。
皇子たちは街へ出て花街へ行けば、遊び相手などいくらでもいるのだ。
わざわざ面倒な女に手を出して下手を打つような真似は、避ける方が得策というものである。
けれど一方で、この目の前の男がそうした手合いかというと、雨妹は違うと感じていた。
男からは酒の匂いがせず、酔っている風でも無いし、舞い上がっているようにも見えない。
――っていうか、こんな皇子があの庭園にいたかな?
男の歳は若く、自分とさして変わらないくらいに見えた。
皇子だとしたら太子の兄弟だろうが、雨妹はあの庭園で顔を見た記憶がない。
それにたとえ男があの庭園にはおらず、他の場所から移動してきたのだとしても、一人だけで他に誰も連れていないことには違和感がある。
雨妹が男の様子を窺いながら、そんな疑問点について考えていると。
「なるほど、確かに噂に聞いた青い髪……」
呟きが風に乗って聞こえた。
――なに、この人……。
雨妹は眉をひそめる。
この男はもしかして、自分が青っぽい髪をしているから呼び止めたのだろうか?




