413話 事後処理は続くよ
明の話だとつまり、沈は「有能だから揚州行きになった」というわけではない。
明け透けに言うならば、当時沈がどうなっても都合の良い皇子だっただけだ。
平和な世であれば皇子なんていう立場は、「部下に任せて高みの見物」という生活だろうに。
しかも沈の現在の歳から考えるに、当時は今の雨妹くらいの年齢か、それよりも若かったはず。
もし己が、そのような立場に就くとしたならば……
――いや無理、たとえ出来てもしたくない!
雨妹は想像してしまい、思わずブンブンと首を横に降る。
そんな立場なんて、前世以上に仕事に忙殺される未来しか見えないではないか。
しかしそんな逆境を跳ねのけ、結果を出してみせたのが、あの沈なわけだ。
それにしても当時の沈には、揚州行きを断るという選択肢がなかったのだろうか? それとも、宮城の外で生きる場所が欲しかったのだろうか? それがたとえ、いばらの道であっても。
父や明もそうだが、あの戦乱期を生き抜いた者たちは、どこかしらで苦労を背負い込む必要があったのだろう。
楽に生きるなんてことは、できない時代だったのだ。
――まあでも、それで今の私が落ち込むのは変だよね!
沈の生き方を可哀想だと思うのは、その時代を知らない己の傲慢かもしれない。
沈も、父や明だって、あの頃のことを他人に同情してほしいわけではないだろう。
ただ、教訓として覚えている必要はあるだろうが。
このように、唐突に首を振ったり暗い顔になったり立ち直ったりと、忙しない雨妹だったが。
「……」
その隣で立勇が観察していることなど、雨妹当人はまったく気付くこともない。
こんな雨妹のことはともかくとして、明の話は続く。
「ちなみに斉家は大公の地位を追われたが、今もまだ残党がこの地で影響力を残している。
さっきの騒ぎは、その一端だろうな」
こうした残党が下手に力を持っていると、争いが泥沼化する。
けれどこれが現実というもので、物語のように「英雄一人の活躍で全てがまるっとすっきり解決する」なんていうことはない。
戦乱の事後処理は未だに続いていて、沈の苦労は現在進行形ということなのだろう。
――けれど沈殿下の、あの去り際の顔がね。
あれが、どうにも沈について斜に構えた見方をさせてしまう。
あの皇子は、きっと一筋縄ではいかない性格に違いない。
そういえば明も沈を「腹黒」と評していたのだったか。
そのように考える雨妹の一方で。
友仁には今の話をどこまで理解できたのかわからないが、難しい顔で俯いている。
「同じ皇子でも、私は同じことをやれる自信がない……」
不安そうに視線をさ迷わせる友仁の様子に、胡安はなんと言うべきかと、言葉を探るようにしているのが見て取れた。
胡安は前世の雨妹の歳からすると、まだまだ若造だ。
こうした微妙な話題で適切な言葉が出てこないのも、責められないだろう。
むしろ適当な話をしてお茶を濁さないのは、誠実な証拠である。
――う~ん。
雨妹としても立勇との約束通り、できるだけ友仁への口出しは胡安に譲りたい。
だがこうした不安を、この場で聞き流す形になってしまうのも良くない。
けれど雨妹は口を開く前に一応立勇をちらりと見る。
すると立勇と目が合ったものの、特に表情を変えなかったので、これは「良し」ということかと雨妹は判断した。
というわけで、雨妹は屈んで友仁と目を合わせ、語る。
「友仁殿下、殿下が沈殿下と同じことを為す必要はありません。
それに、戦乱の頃と今では、時代が違います。
同じことを為すのを求められているのかも、考えなければならないでしょう」
「時代が違う……?」
友仁が微かに顔を上げた。




