410話 よくわからない展開
一方で、雨妹に向かって微笑みかける沈の様子を目にした女は、その顔を途端に歪ませる。
「沈殿下、この者は一体……?」
女が口の端を引きつらせながら問いかけるのに、沈は笑顔で返す。
「都から同行している、大事な客人だ」
――違います、友仁殿下のお供の一人です!
友仁の供をまるっとひとくくりにして「客人」という言い方もできるかもしれないが、今のはあきらかに誤解を招くのがわかっての言い方だろう。
しかし客人というには、雨妹の格好は医官助手のものであり、これだって普段の宮女のお仕着せよりはいい服なのだが、高貴な身分には見えない。
「ふん!」
雨妹の身なりから、己よりも格下だと考えたのだろう女が、鼻を鳴らす。
「どうせ都を訪ねた沈様に、強引に迫ってついてきた輩だろうに。
沈様はお優しいが、そうした輩をあしらうのが苦手と見える。
やはり、わたくしがお手伝いをして差し上げたいものよ」
ツンと顎を上げて話す女だが、声が少々震えていて、どうやら動揺しているらしい。
――なにに動揺しているんだろう?
あちらが雨妹の身分を誤解しているのはともかくとして、皇子なのだから、周りに女が集まることなんて日常茶飯事だろうに。
いや、女がどうということではなく、やはり権力者の持つ権力という甘い蜜を吸いたいと、男女共に大勢寄ってくるものなのだ。
それなのに、雨妹一人が側にいるからといって、それが一体なんだというのか?
内心で首を捻る雨妹に、背後から呂がささやく。
「沈殿下は、女性を一切寄り付かせないってんで有名なお方で」
「そうなの?」
雨妹が出会ったのが花の宴の場なので、女性を寄り付かせないという印象がなかった。
なにしろあの場は、女性がほとんどであったので、寄り付かせないことが不可能だろう。
けれど今回の旅の構成員について考える。
雨妹は一行の男女比などあまり気にかけなかったけれど、よくよく思い返せば、沈殿下のお供に女性はいなかったような気がする。
これだって旅をするための体力面を考えて、男性で揃えているという理由もあり得るはずだ。
けれど呂が言うくらいなので、そうした噂は有名なのだろう。
そしてその沈が、雨妹という女性を気にかけて見せたのが、あちらには驚くべき点だったらしい。
女を傍に置かないと聞いて、雨妹がまず思い浮かべる理由は「子孫を残さないため」というものだ。
沈は今まで独身を貫いていると聞いた。
やはり己の子孫を残すことに、慎重になっているのだろうか?
それ故の、女性に対する距離感なのかもしれない。
そんな風に思考する雨妹であったが。
ところで沈の登場で、宿の者たちは「これで問題が解決する」と気が抜けたのか、相手の女を留めていた人の壁が解けかけていた。
そこへ女が意外な機敏さで足を進め、その解けかけた人壁を突破した。
「こんな貧相な小娘が……!」
そう零す女は睨みつけながら、雨妹に歩み寄ってくる。
「……」
目立ちたくないらしい呂が、無言でスッと気配を消したのと同時に。
スラリ
「無礼者が、それ以上近付くのを禁じる」
立勇が腰の剣を抜き放ち、女に警告した。
「なっ……近衛!?」
剣を抜かれるとは思ってもいなかったのか、女がギョッとして剣の方を見る。
ここで初めて、女は立勇の姿が目に入ったようだ。
さらに近付いたことで、雨妹の姿もよりはっきりと見て取れたらしい。
「青い、目……!?」
女は驚愕の表情になり、顔色が真っ白になり、後ずさる。
どうやら青い目の雨妹が皇子と並ぶことで、彼女の中で意味を持ってしまったようだ。
雨妹の身分はただ目が青いだけの一般人なのだが、そんなことは言わなければわからない。
「己の首をまだ繋げていたければ、疾く去るがいい」
剣を女の目の前に突き付けて告げる立勇の様子に、女に同行していた者たちが先に恐れをなしたらしい。
そろりそろりと後さずり、やがて足早にここから去っていく。
「ちょっと……!」
その者たちの後を追うように、女もそれに続くのだった。




