407話 色々気になる
このようにして短い時間ながら沈の計らいの下で、友仁は民との初折衝を為した。
「……」
宿場町の住人と話をした友仁は緊張で疲れたようで、若干俯き気味なトボトボとした足取りで、自身が泊まる部屋へと戻っている。
その様子を、雨妹は友仁の後ろについて歩きながら窺っていた。
――知らない人と会話するのって、気力を消耗するもんね。
特に友仁はこれまで後宮で知り合いばかりに囲まれて育ったのだから、なおさらだ。
それに友仁が疲れているのは、沈の会談の様子に驚いた、という点もあるかもしれない。
「沈殿下は、気安い方だと周囲に思われているのですね」
雨妹は会談の様子を思い返しながら、隣を歩く己のお目付け役たる立勇へ、思わずひそっと零す。
会談というと、雨妹はお偉いさんが怖い顔をして卓を囲むという印象を抱いていた雨妹であるが、沈の会談はまさしく井戸端会議のそれであった。
沈は威圧的な話し方をするでもなく、皇子らしい豪奢な衣装で見た目に威嚇するでもなく、本当に世間話をしている雰囲気だったのだ。
それでも沈と客は互いに、必要な情報を得ているようでもあったのだから、大したものである。
「確かに、驚きではある」
立勇もひっそりとそう返してきた。
「皇族として直系に近い程に、矜持も高くなる傾向にある。
だが沈殿下は、そうしたことを気にされないのだな」
「本当に、ご近所さんと話し込むお兄ちゃんみたいでしたもんねぇ。
それで言えば、太子殿下も気安いお人ですし、どこか似ていらっしゃるのでしょうか?」
立勇の言葉にそう言ってみた雨妹だが、これに立勇は「うぅむ」と唸る。
「確かに明賢様は堅苦しい会話で威圧することを、あまりしない方だ。
だがその明賢様よりも、沈殿下は『顔』を使い分けるのが巧みであるのだろう。
気さくに会話をしているようでいて、どこまでが素でどこまでが計算なのか、私にも全くわからなかった」
「へぇ~」
立勇の答えに、雨妹は感心の声を上げる。
日々の政務をこなす太子を誰よりも傍で見ているであろう立勇から見ても、沈は計り知れないらしい。
立勇がまだまだ若造だからなのか、はたまた沈がそれだけ凄いということなのか、などと雨妹が考えていると。
「沈殿下は苦労人だ。
お前たち程度に底が知れるはずがないだろう」
雨妹と立勇のひそひそ会話が聞こえていたらしく、明が口を挟んできた。
いや、明だけではない、前を行く友仁もこちらの会話に聞き耳を立てている。
友仁は沈についての見解が気になるのだろう。
明がそんな一同の様子を軽く見渡し、語った。
「沈殿下は元々、この揚州の大公家の者ではない」
「あれ、そうなんですか?」
雨妹は初耳の情報に目を丸くする。
沈のことをてっきり、揚州の大公一族出身だとばかり思っていたのだが。
というか、雨妹は各大公一族の氏族を全て知っているわけでもない。
「大公一族ではないのに、揚州の皇子なのですか?」
雨妹のこの疑問に、友仁も同じように考えていたようで、そう疑問を口にした。
するとその隣にいた胡安が、友仁に答えた。
「明様が仰られたことは事実です。
けれど沈殿下が揚州に行かれた当時は、戦乱直後であることからあまり詳しい資料がなく、経緯を詳しく知る者は少ないでしょう」
つまり、当時の詳しい状況を知る明は、かなり稀な存在だということであり、伊達にあの父の側近ではないらしい。
「明様って、すごい人だったんですねぇ」
感心する雨妹が見直すように、まじまじと明を見つめると。
「おっほん!」
明は咳払いをして、微妙な顔で雨妹にちらりと視線を寄越す。
頬が少々赤いので、どうやらちょっと照れているらしい。
褒めると照れるとは、なかなかに可愛いところのある男だ。
雨妹がそんなことを考えていた、その時。
「いいから、ここを通しなさい!」
女の怒鳴り声が、どこからか響いてきた。




