406話 旅はじっくりと
このように雨妹が荷車での旅を満喫している様子はともかくとして。
友仁と沈一行の旅の進みは、のんびりとしたものだった。
その日に泊まる宿場町を発てば、揚州との関所が見えてくるだろうというところなのだが。
「こちらで三泊となる」
宿場町に到着すると、沈の側仕えからそう知らされた。
旅の行程などは天候や道の状態に左右されることもあり、雨妹を始めとするほとんどの同行者は、その時告げられたままに行動するしかない。
「沈殿下は、先を急がないんですね」
早く自分の領地に戻りたいのではないかと思っていたのだが、そういうわけでもないようだ、と雨妹は荷車から荷物を降ろしながら呟く。
「どうも、外に出たついでの用事が色々あるみたいですぜ。
前の宿場町でも、数人と会談をしていたようで」
同じく荷物を下ろしていた呂が、雨妹の疑問にそのように答えた。
なるほど、確かに前世の便利な世の中と違い、この国では出張するのはおおごとで、天災や野盗などの危険もあり命がけであるので、そう頻繁に行うわけにはいかない。
この花の宴に関する出張に、色々な用事を詰め込んでいたということか。
前に佳まで太子に同行した際にはお忍びだったこともあり、太子の実務の面を目にすることはなかった。
けれど今回は「沈天元が通る」と知らせを走らせているわけなので、当然沈に関する用事を片付けたいと思う住人が詰めかけるわけだ。
――偉い人って、忙しいんだなぁ。
雨妹はそうした政務の現場を見ることがあまりないので、改めてそう実感するのだった。
というわけで、三泊する宿場町の宿には早速、沈に会いたいという面々が列を作っていた。
列に並ぶ面々の意見を聞きその重要度を計り、沈が連れている文官が対応することもあれば、沈が自ら話すこともあるそうだ。
だが余程時間がない場合でなければ、沈が対応するらしい。
――皇子が直接住人と話すっていうのも、珍しいやり方だよね。
そういうことは、代官なりの代理人を立ててするものだろうに。
そしてこうした会談のいくつかに、友仁が勉強のために同席することもあった。
会談となれば緊張を強いられる場であることから、友仁の体調を配慮して念のために同席していた雨妹だったが。
「都の宴はどうでしたかな?」
「お偉方が集まる場なんぞ、つまらぬよ。
ここで酒を飲んでいた方が、数倍いい」
この宿でも半ば私室と化した部屋で、沈は地元の長老といった雰囲気の男相手に、そのような世間話で盛り上がっていた。
他の沈を訪ねる者たちも、「皇族相手に決死の覚悟で物申す」という様子でもない。
普通に「会えたらいいかな、と思って来てみた」という感じなのである。
今もまるで、ご近所さんとの世間話の場のようだ。
それにしても、今回されている話は、やはり都から聞こえてきた噂の真偽がほとんどである。
宮城で起きた事件に皇太后失脚は、交易にも影響があるのかもしれない。
――贅沢好きだったみたいだし、他国の高価で珍しいものを買い漁っていたかもだよね。
そうした商品を取り扱っていた商人からすれば、大口の客を失ったことになるので、別の客を探さなければならないだろう。
このように、朗らかな雰囲気ながらも微妙な話題が続いていた中で。
「そうそう、こちらは陛下からしばし預かった者で、我が甥だ。 さあ」
ふいに沈が友仁に手招きして、視線で促す。
「友仁という、よろしく頼む」
友仁が自己紹介をする。
「ほぅ、愛らしくも凛々しいお方ですな。
今後とも、ぜひよしなに願いたく思います」
相手の男が、そう言って深々と礼の姿勢を取るのだった。




