404話 褒めはいくらでも欲しい
夕食の後、雨妹は友仁と共に沈の部屋から退出した。
これからまずは友仁を部屋まで送り届けて、改めて体調を診ることとなる。
そのために友仁の後ろについて歩いていた雨妹に、隣を歩く立勇が小声で話しかけてきた。
「お前、食事の席ではずっと無言で食べていたな」
このように言われてしまったが、確かに自分でもその自覚があった。
「だって、口を挟みたくなるのを我慢するのに、口に食べ物を入れていたんです。
おかげで美味しかったですけれど、その美味しさに集中できませんでした」
「そんなことだろうと思った」
雨妹の言い訳に、立勇が苦笑する。
「せっかくの食事が楽しめないことなど、ままあることだ。
私にも経験がある。
友仁殿下を差し置いて食事を楽しむのも、嫌味になるだろうから難しいところだな」
「そうなんですよねぇ」
苦笑して語る立勇に、雨妹は大いに頷く。
立勇も雨妹と似たような思いをしたことがあるのだと知れば、なんとなく気が楽になったように思える。
そんな雨妹に、立勇が告げた。
「雨妹、本来下っ端宮女である身では、せずともよい苦労だ。
色々と忠告はしたが、お前は実によくやっている」
頭をポンポンと軽く叩かれ、雨妹はちょっと目を細めると。
「私は褒められて伸びる質なので、誉め言葉はいくらあっても嬉しいです。
さあ、いくらでもどうぞ!」
さらなる褒め行為を要求する雨妹に、立勇は「こいつめ」と小突いてきた。
「子どもみたいなことを言う奴め」
「子ども心を忘れない純真さ、と言ってほしいですぅ!」
雨妹は頬を膨らませて言い返すのだった。
それから友仁の部屋に着き、雨妹は早速体調を尋ねた。
「ご気分はどうですか? 苦しさや痒さはありますか?」
雨妹がそう確認すると、友仁が「なにもない」と首を横に振る。
「けど、普段よりも食べ過ぎたかな」
そう言ってお腹をさする友仁の仕草が、なんとも可愛らしくて、雨妹は思わず頬を緩めてしまう。
「では念のために、胃薬を渡しておきます。
しばらくしてどうしてもお腹が重かったら、飲んでください」
雨妹はそう説明して、隣に控えていた胡安に胃薬を手渡しつつ、友仁の手を取った。
「食が進んだのは良いことです。
食事は旅で消耗した体力を回復させますからね……私は、殿下が食事を厭わずにいてくださったことが、とても嬉しいです」
語りながら雨妹は、友仁の手をギュッと握りしめた。
文君から食事を虐待の手段に使われたのだ。
友仁はその後、食事そのものを「嫌なもの」と思ってもおかしくなかったのに、友仁はそうならなかった。
これに、友仁がにこりと笑みを浮かべて返す。
「だって、雨妹が言ったじゃないか。
大きくなって健康になれば、私は卵に勝てるかもしれないって。
食べられるものだってあるから、そちらを美味しく食べればいい。
それに、雨妹と一緒に饅頭を食べるの、好きだもの」
雨妹の手を握り返してくれる友仁は、なんと優しい子だろうか。
「もちろん、私も好きですともぉ!」
雨妹は感情が腹の底からぶわりと湧き上がってきて、思わず友仁を抱きしめた。
抱きしめられた友仁は、くすぐったそうにクスクスと声を漏らす。
雨妹の行いは、普通であれば無礼な振る舞いだろう。
しかし背後で立勇は「はぁ」とため息を吐き、胡安は驚いた顔をするだけに止めてくれている。
――はあぁ、私の弟って可愛い~!
世界中に聞こえるくらいの声で、叫びたくなった雨妹なのだった。
このようにして、皇子一行の旅の初日が終わった。




