403話 捉え方は、人それぞれ
このように一部の側仕えをヒヤリとした気分にさせていた夕食であったが。
食事の面ではあまり大きな問題は生じなかった。
実は友仁は三度ほど、後ろを向いて胡安の持つ皿を使うことになった。
料理に卵が混じっているわけではなかったのだが、調理に使った道具が卵料理を作った直後だったのか、はたまた別の食物に友仁が反応したのか、そこは定かではない。
雨妹はその都度体調検査をして、問題ないことを確認する。
――友仁殿下が体調悪いのを我慢しないのは、いいことだよね。
文君がいた頃は耐えるしかなかった友仁には、我慢する癖がついていたのだが、どうやらその癖が改善されてきたようだ。
我慢は症状を悪化させるばかりである。
それに友仁が自分の体調を自分で管理できるようになったということでもあるので、大きな成長だろう。
沈の側でも、友仁のこうした行為に眉をひそめることをせず、胡安の手元の皿を速やかに取り換えてくれた。
おかげで友仁も肩身の狭い思いをせずに済んだようだ。
「私はこうした席での食事が、楽しいと感じたのは初めてです」
食事の後の甘味までしっかり食べきった友仁は、とても気分がよさそうに述べる。
これを聞いた沈の側仕えが、ぐっと唇を噛み締める姿が見えた。
――まあ、なかなか切ない話だよね、よく考えるとさ。
雨妹も「うんうん」と頷き、側仕えたちに同意する。
しかし、沈の反応は少々違うものだった。
「『食物過敏症』であったか? その体質は良いものだな」
このような思いもよらぬことを、沈が述べたのだ。
「良いもの、ですか?」
「だってそうだろう」
目を瞬かせて驚く友仁に、沈はニヤリと笑い続ける。
「皇族として生きるとは、毒を盛られる恐怖との戦いだ。
食いたくもないのに、食事の誘いにのらねばならぬ時もある。
そういう際に『病故に医者から決まった食事しか食すなと厳命されている』とでもいえば、あらかたの誘いを断れるだろうさ」
「……なるほど、それは考えてもいませんでした」
友仁はそう返しながらも、呆けた顔をした。
これまで友仁の母である胡昭儀が皇太后派に属していたため、多数派の一員として守られていた点もあるだろう。
だがそれ以上に先にも触れた通り、友仁の食事が文君によって管理されていたという事実も、またあるのだ。
文君が世話をしていた中で、友仁が万が一死亡した場合。
食事に毒の混入があったならば、死の責任は文君にかかってくる。
そうした責任逃れのために、文君は友仁を害する手段として、友仁が食べられない卵という食材にこだわったのだろう。
強い毒ほどの即効性はないにしても、そのうちに身体の方がもたないだろうと狙ってのことだ。
そして死因は「呪いのせい」だとされ、文君は罪に問われない。
なんとも胸の悪くなる話だが、文君の保身からだとしても、友仁が毒物から守られていたことも、また事実であろう。
その後文君が罪人としていなくなった後は、食物過敏症だということが知れ渡り、胡昭儀の宮の食事担当は、より食材に気を配るようになったことだろう。
友仁が食事で体調を悪くすれば、己の首が飛ぶからだ。
友仁がそんな背景をうっすらと察しているのならば、気を使われながらの食事を美味しく感じられないことだろう。
――顔色を窺われながらの食事って、気まずいよねぇ。
しかしそんな友仁に、沈は彼の体質を「いいもの」だと言った。
確かに皇帝からも認められた病名であり、これを理由にすれば大抵の食事を断れるに違いない。
「持って生まれ、取り替えることのできぬのが己が身だ。
それを利用して活かさずしてなんとするか。
他人が強いる不自由に従うことなどない」
そう言い切ってから、沈は目元を和ませる。
「我も食事に不自由することが多い身ゆえ、友仁の辛さの幾ばくかは理解できていると思う。
だが我との食事で、行儀などというものは気にせずとも良い。
命が大事故な」
さらりと口にした「命が大事」という言葉は、すなわちこれまで食事で幾度か、命の危機に遭ったことがあるということが窺えた。
――なるほど、あの父がそれなりに信頼する人なわけか。
雨妹は一人、納得する。
なにはともあれ、このようにして沈と友仁の夕食が終えたのだった。




