402話 緊張感ありあり
この後、友仁と沈の夕食は、朗らかな雰囲気で進んでいるように見えた。
「見えた」というのは、何度か互いの側仕えたちの空気がピリッとした瞬間があったからだ。
「皇帝陛下の戦馬鹿には、本当に辟易させられる。
危うく東国と戦になるところだったのも、陛下が実はまた戦がしたくなったのではないか、というもっぱらの噂ではないか」
沈が今も、まだ事後処理が終わっていない敏感な話題を口にしている。
――沈殿下、話題を選ばないんだもんなぁ。
けれど、こういう意見を持つ者が一定数いることも、また事実だ。
実際後宮の宮女たちの中にだって、こうしたことを話す者がいるのだから。
このように、沈は皇帝や宮城に対して悪口を言ってくるし、友仁のわからない政治の話だって口にする。
それに対する友仁の反応をからかう仕草もしてくるあたり、まさしく嫌らしい相手であろう。
ところが、こういう状況に友仁はへこたれなかった。
「そんな意見があるのですね。
私は父上とお話をする機会があまりなくて、新しい発見です」
「うむ、そうか」
感心したようにそう返す友仁に、沈はどこか毒気が抜けたような顔になる。
友仁のこれはへこたれないというより、こうした悪意を気にしないというか、悪意をまるっと受け流して会話を続けるのである。
友仁は幼少の頃から文君にいびられ続けたせいで、悪意に対する耐性が非常に高かった。
自分を害しないであろう悪意は風の音程度に感じる技術を会得しているようなのだ。
――ううむ、ここでまさかの文君効果とか。
その上友仁はかなり最近まで、後宮でも他人とあまりかかわらない生活をしていた子どもであるため、気位があまり高く育ってないのである。
皇族としてはよくない性質かもしれないが、無駄に喧嘩腰にならないという長所になってもいた。
会話の端々で背後から胡安がささやいて情報を与えているのだが、友仁はこれも素直に聞き入れている。
これも気位が高い皇族だと、「私はそのくらいも知らない、無知蒙昧の輩だとでも言いたいのか!?」と怒ることもあるだろう。
――友仁殿下って、意外と大物かも。
雨妹は隣で目を見張るばかりだ。
というか沈はやはり、友仁の教育のために悪役を買って出るつもりらしいと、雨妹はその意図を察する。
友仁が皇子として独り立ちをすると、仕事で色々な人物とかかわっていくことになる。
そうなると後宮みたいに、相手は皇子である身分を敬ってくれる者ばかりとは限らない。
黄家のようにあからさまに皇族嫌いとはいかずとも、戦乱期のいざこざの後を引いている一族は少なくないのだ。
戦乱の頃から長い月日が経ったとは言い難く、皇帝相手に苦い思いをした当人は、大勢がまだ生きていることだろう。
後宮の中では、こうした「皇帝へ物申す」という態度は見えにくい。
これまで皇太后と皇帝の間での権力争いはあったものの、それでもこの構図は「皇帝志偉」の立場が絶対であることが前提となるものだ。
皇帝とは必ずしも絶対ではなく、敵もまた存在することを知らなければ、身を守る意識も持てないだろう。
――でも沈殿下側の側仕えの方は、今の会話にギョッとしているみたいだけれどね。
友仁側は皇帝周辺が「そういうつもり」で選んだ人員でも、沈側の者たちはそもそも、帰り道に友仁がついてくるなんて、思ってもいなかっただろう。
ちなみに雨妹はそんな中で、我関せずの態度で美味しく料理を食べていた。
「あ、胡麻団子美味しい!
友仁殿下、この胡麻団子がすごく美味しいですよ!」
「胡麻団子の皿……んむ、本当だ美味しい」
時折美味しいと思った料理を友仁に勧め、二人でにっこりし合う。
「この娘、心臓に毛が生えているのではないか?」
「雨妹にとって、食事はなによりもの最優先事項ですから」
明と立勇が壁際でひっそりとそんな会話をしていたなんて、雨妹の耳には幸い入っていなかった。




