401話 初めての刺激
毒見役が頑張って急いで全ての料理を口にして、時折「あち、あちっ!?」と悲鳴を上げたものの、無事にその役目を全うしてくれた。
雨妹としても、彼の仕事ぶりには敬意を表したい。
「では、食べようか」
こうして食事の準備が整ったところで、まず沈が最初に箸を伸ばして料理を食べる。
「うん、いつも通りに美味い。
さあ友仁も、温かいうちに食べるがいい」
「はい、ありがたく頂きます」
沈に声をかけられ、友仁が早速目の前の料理に手を付ける。
料理は今回全て大皿ではなく、それぞれの席に別個小皿で盛り付けてある。
これは万が一箸を介して、友仁が食べられない食材が混ざることを避けるための、料理人の配慮と思われた。
その皿の中で、友仁は鶏肉炒めに箸を伸ばす。
「ん!?」
そしてこれを口に入れた途端、衝撃を受けたような顔になる。
これに即座に反応した胡安が、背後で皿を手にして控えたのだが、友仁は後ろを向かず、特に苦しそうにしていない。
どういうことかと、雨妹は同じ鶏肉炒めの皿を手に取った。
「ああ、なるほど」
友仁の反応の理由がわかり、雨妹は一人頷く。
この鶏肉炒めには、香辛料が使われているのが香りからわかる。
どうやら友仁は、香辛料の味に驚いたようだ。
皇子とはいえ、普段食事に香辛料が使われることはそうそうないのだろう。
「香辛料ですね、ピリッと刺激のある味付けです」
胡安にもわかるように雨妹は説明すると、自分でも料理を口にする。
――うん、ピリ辛で美味しい!
美味しさで幸せの顔になる雨妹を見て、友仁も口に入れたものをゆっくりとモグモグと噛んでから、ごくりと飲み込む。
「味に驚いたけれど、平気だ。
叔父上、口の中がびっくりする味ですね」
友仁は前半を胡安に、後半を沈に向けて話す。
「子ども向けの味付けにしろと言ったのだが、友仁にはそれでも辛かったかな?
これが、揚州で主要の交易品である香辛料だ」
「はぁ~」
友仁が感心の声を上げる。
「では友仁、こちらの包子はどうだ?
中の肉に同じく香辛料が使われているが、鶏肉炒めよりは優しい味だろう」
沈が別の料理を勧めると、饅頭好きな友仁は包子も好きらしく、いそいそと一つ手に取ると、はむっと小さな口でかぶりつく。
「これ、美味しいです」
今度は香辛料の量がちょうど良かったらしく、友仁が笑顔になった。
「これくらいだと、辛さよりも香りを楽しむ感じですかね」
雨妹自身も包子にかぶりつき、友仁と笑みを交わす。
「ふふ、そうだな。香辛料は香りが良いのだ」
沈が香辛料を気に入った友仁を見て頷くと、ちらりと雨妹の方へ視線を向けた。
「だが料理人も蛇や豪猪は避けたらしいな。
美味いのだが、州外の者はその名を聞くだけで拒否感がある」
そんなことを話す沈は、どうやら花の宴での雨妹との会話を覚えていたらしい。
――まあ、初っ端から珍味を出すのは、なかなかの冒険だよね。
さすがに初めて外出する皇子相手――しかも急遽決まったこの外出に、沈の料理人も色々と考えたのだろう。
「蛇と豪猪、どんなものですか?」
一方で友仁は両方とも見たことがないのだろう、首を捻っている。
蛇あたりは後宮にもいそうだが、皇子の目につく場所に侵入させるわけがないし、趣味の散歩中でも出くわさなかったようだ。
けれどその目は好奇心でキラキラしている。
友仁の食い付きの良さが意外だったのか、沈が眉を上げてみせた。
「両方とも、市場で普通に売っている食材だ。
どこかで目にすることもあるだろう」
「楽しみにしておきます!」
沈に教えられ、友仁は張りのある声で返事をする。
――あ、これ本気で市場を見に行きたい顔だ。
雨妹は隣から友仁を見て、そう察するのだった。




