399話 兄の人選
友仁は「一体何を言われたのか?」という顔で、きょとんとしている。
雨妹としても、あっけにとられるばかりであった。
一方で立勇はあまり戸惑う様子は見られない。
胡安という男の為人を、ある程度知っていたのだろう。
――兄よ、まさかのこういう人選?
毒を以て毒を制すというわけではないのだろうが、友仁に未だ心の傷を残しているであろう文君のような相手に、より強烈な個性をぶつけて制するというわけか。
けれど胡安の意見もまた防御法の一つであるし、友仁に必要なのはこういう強さかもしれない。
戸惑う友仁や雨妹を余所に、続けて胡安が語る。
「友仁殿下は決して、皇族として行儀が悪いわけではございませぬ。
普段通りに食せばよろしいのです」
「わかった」
胡安の言葉に、友仁はとりあえずそう返す。
「……」
それでも多少の不安があったのか、友仁が無言で雨妹をちらりと見てくる。
なので雨妹はこれに「その通り!」と大きく頷いておく。
胡安の暴言ともとれる先述の発言はおいておくとして、友仁がお行儀の良い皇子であることは間違いないのだ。
ここでやっと友仁は安心したようで、表情を緩めた。
そんな雨妹と友仁のやり取りを見ていた胡安が、微かに眉を動かすが、口に出しては何も言わない。
なにはともあれ、この胡安の助言で友仁の心が落ち着けられたかはわからないが、どこか毒が抜けたことは確かだろう。
友仁の肩に力が入っていたのが、すとんと抜けたように思える。
こうして友仁が夕食の席への恐怖感が和らいだところで、改めて移動することとなった。
夕食の場は、沈が泊まる部屋であるらしい。
その部屋について、遅まきながら立勇が歩きながら小声で説明してくれる。
「沈殿下がお泊りの部屋は、殿下専用なのだそうだ。
宿というよりも、沈殿下の私室の一つと言えるだろう」
「ふんふん、ここは沈殿下がそれだけ頻繁に泊っている定宿というわけですか」
確かに脳内で地図を描いてみれば、この宿場町は都へ行くにも佳へ行くにも、必ず通る場所ではある。
納得する雨妹に、さらなる情報が告げられる。
「それに沈殿下はどこへ行くにも、ご自分専属の料理人を連れ歩き、持て成しの料理には口を付けないことで有名でもある」
「そうなんですか!?」
この意外な情報に、雨妹は目を丸くする。
「花の宴では、私たち宮女が食べるための卓にいらっしゃいましたけれど?」
そう、あの場では実にパクパクと食べていたように思うのだが。
この雨妹の指摘に、立勇が「うぅむ」と唸りしばし思案する。
「すぐに宴を退席するつもりが逃げそこね、あまりに腹が空いたので、食べられそうな料理を求めたのではないか?」
「あり得るような気がするような……」
立勇のひねり出した答えに、雨妹は首を捻る。
常に料理人連れということは、すなわち食事に気を配る必要がある身の上だということでもある。
一方であの時、沈が地元料理について楽しそうに語っていた様子からして、少なくとも食に興味がないわけではないだろう。
食いしん坊なのにそんな生活を強いられたとすれば、雨妹は大いに嘆いて逃げ出すところだ。
――沈殿下、辛抱強いなぁ。
雨妹は密かな食いしん坊仲間として、沈のことをあまり邪険にしないようにしようと思った。
それに当然ながら、これから食べる夕食は沈の専属料理人が腕を振るった料理が出されることとなるわけで。
そんな前情報を聞けば俄然楽しみになってもきた。
余所で食事に不自由している沈のための料理人となれば、どれほどの腕前の料理人だろうか? ぜひ美娜への土産話にしてあげたい。




