398話 ぐっと我慢
「徐州ではお前の助力もあって黄家の利民殿を助け、佳を味方につけることができた。
もし友仁殿下を助けて身辺を安定させ、揚州の交易を守る立場に押し上げることができれば、明賢様は徐州と揚州という南部の交易路を味方に付けることができる」
この立勇の意見に、雨妹は「ふむふむ」と思案する。
「つまり、太子がそっち方面で味方をたくさん作れば、今後なにか事を為そうとした際に、『戦争しようぜ!』な派閥に頭を下げなくてもいい、みたいなことですか?」
「端的にいえばそういうことだな」
小難しい政治の話をなんとか飲み込んだ雨妹の様子に、立勇がまるで教え子を見守る教師のように、満足そうにしている。
「そんなわけだから雨妹、お前に言っておく。
今回、あまり友仁殿下の言動を庇ってはならぬ。
己が人を動かす立場となることを、自覚していただく必要があるし、そもそも友仁殿下を真っ先に庇うのは傍仕えである胡安の役目だ」
立勇の忠告に、雨妹は「ぐうっ」と息を呑む。
立勇のこの忠告は恐らく、ここまでの道中の様子を見てのことなのだろう。
確かに、雨妹は友仁が言葉に詰まると、つい庇ってしまっていた。
思えばあれだってすぐ隣に傍仕えがいたのに、友仁がそちらを頼る隙を与えなかったとも言えるかもしれない。
「……わかりました。
では、診察の際に甘やかす程度にしておきます」
「それくらいはよかろう」
反省した末に雨妹が絞り出した答えに、立勇も納得する。
――それにしても父め、一石二鳥どころじゃないじゃないの、狙い過ぎだってば!
最終的にこの友仁の挑戦を進行させた皇帝に、恨み言の念を送る。
それとも、これは雨妹への挑戦でもあるのだろうか?
「弟が可愛ければ、力になってみせろ」ということかもしれない。
あんなに懐いてくれる友仁なのだから、当然雨妹としては超絶可愛いと思っているとも。
立勇から政治的アレコレを聞かされたところで、いつの間にか時間が過ぎており、夕食の時間になった。
雨妹は部屋に放ったままの荷物の整理を諦めて、先程同様に立勇を同伴して友仁と合流して、それから友仁の護衛である明も一緒に、沈の部屋を訪ねることとなる。
再び訪ねた雨妹を見て、友仁がホッとした様子を見せるが、どこか表情が硬い。
――沈殿下とは、軒車に一緒に乗ったりして交流していたのに。
まだ打ち解けるとまではいっていないのだろうか?
それとも、夕食という席に緊張しているのかもしれない。
なにしろ過去に友仁をさんざん苦しめて来たのは、食事なのだ。
沈の側に、友仁殿下の体質は伝えてあるはずだが、だとしても友仁はこれまでの暗い記憶を思い出し、怖さを覚えるのだろう。
そもそも友仁はこれまでの養育環境のせいで、大人の顔色を窺う癖がついている。
後宮でいつも一緒だった宮女とは打ち解けているようだが、それ以外の大人はやはり怖さが先立つのだ。
この怖さは、「なにか失敗したら叱られる」という気持ちに由来するのだろうか?
それこそ、失敗を理由にして文君から鞭を振るわれていたのだから。
――大丈夫だよって、励ましてあげたいところだけれど。
先程立勇から忠告をされたばかりなので、口出しは控えるものの、友仁と目が合えばニコリと笑っておく。
友仁付きの胡安という男は、本人の思惑がどうあるかはともかくとして、傍仕えである以上は主の味方であるはずだ。
あの太子が第二の文君となり得る者を選ぶとは思えない。
雨妹がそんなもどかしい思いを抱き、落ち着きなく視線をさ迷わせていると。
「友仁殿下」
ふいに、胡安が友仁へ話しかけた。
「なに?」
友仁が不安を押し隠そうと精一杯強がった顔を作りながら、胡安を見つめる。
そんな友仁の前に軽く屈み、胡安が口を開く。
「友仁殿下はまだ子どもで、あちらの沈殿下は立派な大人でございます」
当たり前の事実を述べる胡安に、友仁が怪訝な顔になる。
「殿下がもしなにかをしくじったとしても、それを優しく諭し導くのが良き大人、先達でしょう。
万が一沈殿下からしくじりについて意地悪をされれば、それは沈殿下がご自身を貶める行為。
『ずっと大人のくせに、なんと心の狭き皇子か』と内心で笑ってやればよろしい。
気分も愉快になることでしょう」
胡安からのなかなかに強烈な助言に、言われた友仁も驚いて固まっているではないか。




