396話 傍仕えの事情
そんなわけで。
この後すぐに、友仁の方から沈の側に「医官助手が夕食に同席してもかまわないか?」と伺いを立て、雨妹はその間しばし友仁の部屋で待機していた。
すると「同席はかまわない」という返答がきたので、これで雨妹には肩の凝りそうな夕食になることが決定したわけだ。
内心でガックリしてしまう雨妹だが、すぐに友仁のあのすがるような顔を思い出し、ブルブルと顔を横に降る。
――可愛い弟に頼られたんだから、お姉ちゃんは頑張るよ!
雨妹は気合を入れるが、そもそもあの沈が相手であるので、夕食の席がどのような雰囲気になるのか想像がつかない。
雨妹の初対面の時のように、無茶ぶりしてくるかもしれないし、案外皇子らしい形式ばった席になるかもしれない。
そういう「予測のつかない事態」というのは、挑むにはなかなか恐ろしいのである。
「では、夕食の時間に改めて参ります」
雨妹はとにかく一旦自室に戻るため、友仁に挨拶をする。
一人になって気持ちを切り替えることはもちろん、荷物も放り投げたままなのだ。
「待っているから」
友仁が安心半分、不安半分といった風の顔で雨妹を見送る。
――色々と初めて尽くしだしなぁ。
不安なのも無理はない、と雨妹が考える傍らで、立勇がそんな友仁を密かに観察していたことには気付かなかった。
雨妹は友仁の部屋からの戻りの際も当然、立勇に付き添われていた。
「雨妹、後で少々話がある」
その道すがらに立勇から告げられたが、その表情はどこか深刻そうだ。
――歩きながら話す事ではないのかな?
そう察した雨妹は、立勇を自室へ招き入れることにした。
「それで、なんですかお話って」
尋ねる雨妹に、立勇が難しい顔をして告げる。
「友仁殿下の様子を窺っていると、お前にも事情説明と忠告が必要だと感じたのでな」
そう前置きした立勇が、雨妹へ語った内容はというと。
「あの友仁殿下の傍仕え、名を胡安という者だ」
雨妹は思わず眉をひそめる。
胡というのは案外多くいる姓なのだが、胡家の皇子である友仁に近付いた者が胡という名だとなると、両者を繋げて考えるのが自然だろう。
「あの方はひょっとして、胡昭儀の一族ですか?」
この雨妹の問いに、「そうだ」と立勇が肯定する。
「胡安は胡家の末席のほぼ庶民という立場ながら、そこから宮城の文官として出世し、認められるようになった努力家だと聞いている」
「なるほど」
立勇の説明に、雨妹は考える。
宮城の底辺の身分からの出世となると、宮城の汚い部分も相当見てきていると思われるし、腹芸などお手の者だろう。
一方で、友仁はかつての立場はともかくとして、身分的には胡家の頂点に位置するお坊ちゃんであるわけで。
胡安が友仁に対して、いい印象を抱いているかは微妙なところだろう。
しかし、その微妙な人選が敢えて為されたわけで。
「いい人そうだと思ったんですけれど」
雨妹が「ふむぅ」と息を吐くのに、立勇が微かに表情を和らげる。
「意地の悪い性格であるという評判を聞かないので、その心根は良い人物ではあるのだろう」
立勇はそう雨妹を宥めるように話してから、言葉を続ける。
「けれど胡安の方にも様々な計算はあるはずだ。
そもそもの話、此度のような皇子の外出には、後ろ盾となる生家が様々なお膳立てをするべきものだ。
だが胡昭儀は胡家の主筋の方ではないので、胡家から人員を引っ張ってくる力がほぼない。
それをやっていたのはむしろ、あの捕まった文君なのだ」
「むむぅ」
続けて語られた内容に、雨妹は唸る。
そんな状況で胡昭儀や友仁が味方のいない胡家を下手に頼ろうものならば、第二、第三の文君を送り込まれるのが目に見えている。
それが発展して万が一、友仁が害されるようなことになれば、「皇族殺し」の罪を一族が被ることとなる。
胡家とてそのような愚かな真似はしないと思いたいが、今は皇太后失脚で後宮の権力が混乱している最中だ。
胡昭儀としても、胡家を信頼して頼るべきか悩ましいところだろう。
「今の胡家の主流は、皇太后に取り入って身を立てた者たちで占められる。
だが皇太后の台頭以前に主流であったのが、あの胡安の一族だ」
「なるほど、胡家の中でもお家騒動があったわけですかぁ」
雨妹はここまでの話に、腕を組んで思案する。




