395話 お誘いを受ける
そんな友仁に、雨妹はさらに告げる。
「うがいをした後で、蜂蜜湯を飲みましょうね。
外に出た際には、あまり口を開けないようにするといいですよ。
もしくは、鼻と口だけ薄布で覆うようにするとか……」
できるだけ友仁が苦しくない方法を模索する雨妹に、同行者である立勇が声をかける。
「沈殿下の側近方であれば、そうした工夫に詳しいかもしれない。
尋ねてみるのもよいのではないか?」
「ああ、そうですね!」
立勇の意見に雨妹がポンと手を叩くと、そこへ友仁の傍仕えが口を挟んできた。
「沈殿下でしたら、友仁殿下に『この後の夕食をぜひ一緒に』と仰られております」
なるほど、それならば話を聞くのにもちょうどいいかもしれない。
雨妹がそのように考えていると。
「雨妹は夕食の時、一緒にいてくれる?」
友仁がそう言って、おねだりするような顔で見上げてきた。
「うっ……」
友仁のおねだり攻撃に、雨妹は息を呑んで身をのけぞらせた。
――夕食を一緒に、かぁ。
雨妹もさすがにこれには即答できず、立勇を窺う。
「……」
友仁も心細い顔で立勇を見つめている。
「うぅむ……」
こうして二人にじぃーっと見られた立勇は、唸り声を上げてしばし迷う様子を見せてから、やがて口を開く。
「殿下は慣れない場所での食事である上、食事の管理も役目の内といえるだろうし、お望みとあれば」
「雨妹と一緒がいい!」
立勇が皆まで言い切る前に、友仁が前のめりに告げて、雨妹の手をギュッとつかむ。
そのまるで逃がすまいとするような友仁の行動に、雨妹は少しでも気持ちを和ませようと、屈んで微笑みかける。
こうして立勇の許可が出たならば、あとは友仁の傍仕えである男がなんと言うかであるが。
「では沈殿下の側に、意向をお尋ねしておきましょう」
その傍仕えは、雨妹の同行に反対しなかった。
全てが初めてのことばかりで、不安を感じる友仁の気持ちを汲み取ったらしいが、なかなか心配りのできる人であるようだ。
もしこれが己の出世で頭がいっぱいの者であれば、友仁を出世のための駒と見なして、「あちらの皇子よりも優れた行動をしてみせろ」と発破をかけるのかもしれない。
――いい人を選んでもらえたなぁ。
これはひょっとして、本気で友仁を役立つ皇子となるように教育するつもりなのかもしれない。
成長のためには飴と鞭の使い分けが必要で、この人はそれが上手い人なのだろう。
友仁は旅の道中をきちんと計画に沿って行動してみせたのだから、食事時くらい望みをかなえるということか。
なにはともあれ、これで沈が否と言わなければ、雨妹が友仁と夕食を一緒にとることが決定したわけだ。
そしてあの沈ならば、否とは言わない気がする。
「友仁殿下、張雨妹が夕食にお供いたしますので、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
雨妹がそう告げると、友仁も笑顔を返してきて、ホッと安堵の息を漏らす。
――偉い人とのご飯かぁ。
一方で雨妹は、今から少々緊張してくる。
偉い人と食事を共にすることくらい、今までだってあったのだが、こうして正式な食事の席に招かれることは、実はあまり経験がない。
たいていは相手がお忍びであったり、ちょっとしたお茶を一緒にする程度であったりだったのだ。
それこそ、佳以来のことかもしれない。
どうか夕食が美味しく食べられるようにと、雨妹はそれだけを願うしかない。




