393話 宿についても
宿にて、雨妹は友仁の近くの個室を与えられた。
この旅の間の雨妹が最優先にするべき仕事が、友仁の体調管理である。
この部屋の配置も、そのためのものだろう。
けれどこれがまた、宮城からの供たちから、妬みの視線を向けられる理由となるようで。
「あの娘め、どんな我儘を言ったのか」
「なりふりかまわず、みっともない」
「あんなぱっとしない、どこの家の者とも知れぬというのに」
雨妹が割り当てられた部屋に案内されていると、ひそひそと、絶妙な大きさの声で陰口を囁かれていた。
この部屋の配置に雨妹がなにか我儘を言ったという事実はなく、そもそも雨妹程度の我儘で宿の部屋決めが変わるわけでもあるまいし、と雨妹は呆れてしまう。
――嫉妬って、本当に人の目を曇らせるんだなぁ。
雨妹はしみじみと実感したところで、部屋へ到着した。
「こちらでございます」
一方で部屋の中を説明する宿の者は、今回皇子一行の宿泊ということで、雨妹相手であっても丁重な態度である。
もしここで身分が低い者をないがしろにするならば、それが皇子の耳に入り、結果その行いが己に返ってくるだろう。
特にここは沈がよく使う宿であるので、そうした悲劇は避けたいに違いなく、だから宿側は使用人たちに重々言い聞かせているようであった。
――偉い人の一味になると、こういう幸運があるよね。
まあだからこそ、その幸運を手に入れたいと躍起になった者たちに、嫉妬されてもいるわけだ。
人間関係の縮図のど真ん中に放り込まれたに等しい雨妹だったが、そうした煩わしいことはまるっと気にしないことにする。
「案内、ありがとうございます」
雨妹がお礼を告げて、宿の者も立ち去ったところで、改めて室内を見渡す。
「おお、これはなかなか……絶対、私が個人で泊まれる部屋じゃあないなぁ」
以前に佳へ向かう道中に停まった役人用の宿の部屋よりも、豪華かもしれない。
あちらは太子が身分を隠しての宿泊だったので、それで差が出たのだろう。
部屋の中を探検したい気持ちはあるが、それよりも先にお仕事だ。
友仁の体調を診に行かねばならない。
雨妹は荷物を置くと貴重品と薬箱を手にして、部屋に鍵をかけようとしたのだが。
「あれ」
部屋の扉を開くと目の前に人がいたので、雨妹はギョッとしてから息を吐く。
「立勇様、どうしたんですか?」
そう、何故か立勇が待ち構えていたのだ。
尋ねた雨妹へ、返ってきた答えはというと。
「移動時以外は、お前には基本的に私が同行することになる」
「そうなんですか?」
なんと、雨妹は立勇という保護者同伴が義務付けられているようだ。
――私って身分も後ろ盾もないから、嫉妬以外にもめっちゃ絡まれやすそうだもんね。
この扱いに雨妹も納得してしまうが、一方で気になることもある。
「友仁皇子の方はいいんですか?」
「あちらは明様がいるので、問題ない」
続く雨妹の問いに、このように返された。
なるほど、明はこうしたどこかへの滞在時に貼り付くことになるので、移動などのそれ以外には立勇に丸投げしているのかと思い至った雨妹である。
――確かに、同じ顔ばっかり見ていたら、気詰まりになるかもね。
明が息抜きに来た理由がわかって、雨妹は一人頷く。
それに雨妹だって知らない土地で一人になれば多少の不安を抱くし、特に他の旅の同行者との関係性がうまく行っているとは言えない状況なので、立勇が一緒にいてくれるのは心強い。
ちなみに呂はどうしているのかというと、宿に着くなり「では失礼」と一言残してすぐに姿を消した。
今はどこぞに潜んでいるか、情報収集にでも出かけているのだろうか?
なにはともあれ、雨妹は立勇と一緒ということで誰かに絡まれても心配ないと安心して、友仁の元へと向かった。




