391話 お疲れ立勇
――けど、疲れていそうだなぁ。
雨妹は立勇の表情を見て、そう感じた。
そして立勇の疲れの原因として脳裏に浮かぶのは、皇子の片割れである沈の顔である。
立勇が常日頃身近で接している太子は、太子という身分のわりに自由な心を持っている。
けれど、己ができることと出来ないことは弁えていて、そこからはみ出すことはしないように思う。
限られた自由を最大限に広げようと努力するのが、太子のやり方なのだ。
一方で沈はというと、雨妹とてあの人と直に接したのはほんの短い時間だったけれども、それでも皇族としてはかなり自由な人であることは理解できた。
短時間で理解できたのだから、その自由度が知れようというものだ。
太子に比べて自由というものに際限がなさそうな沈相手なので、立勇も苦戦することだろう。
――立勇様って、なんだかんだで真面目だもんね。
雨妹はそんな心配を抱えつつ、立勇に話を振る。
「立勇様、明様から手羽先を受け取りましたか?」
そう、立勇には雨妹が思いついた通りに、手羽先を贈っておいたのだ。
これに立勇は「ああ」と頷く。
「手羽先はありがたく食べさせてもらったが。
お前たちだけ別の旅をしているように思えるな」
「ははは。
立勇様の方はお疲れのようですね?」
後半で言われた内容に、雨妹もちょっとだけそう思わなくもないので、笑って誤魔化しつつ、立勇へ様子伺いをした。
「……まあな。
宮城の者は、旅に出ても派閥争いが好きと見える」
すると立勇が愚痴を漏らすので、雨妹は「珍しいな」と思う。
実は、友仁側と沈側の供で、微妙に不協和音が生じていた。
そこで揉めないようにという配慮だろう、沈の供は一行の前方に、友仁の供は後方に配置されている。
「旅慣れない友仁皇子の供は、後ろから大人しくついてこい」というのが本音かもしれない。
雨妹が乗っている荷車の位置は、両者の真ん中である。
どちら側にも属していない雑用係たちを、緩衝材代わりにしているわけだ。
不協和音の原因は、友仁の供として宮城から派遣された者たちが格好をつけたがることにあった。
――あの人たちってば、皇子たちに目をかけてもらおうとして一生懸命だもんねぇ。
彼らは「皇子方にみっともない姿を見せたくない」と考えて身だしなみを気にして、己の汚れを極力見せまいと飲食を控えるのだ。
そんなことをしていると当然、体調を崩すことになるわけである。
一応医局からの人手という扱いである雨妹に、「具合が悪いのだ」と訴えて来られるのだが、こちらとしても「きちんと食事をしてください」と言うしかない。
それなのに相手は「薬を出さないなんて、怠慢だ!」と怒るのだから、雨妹としては理不尽この上ない。
さらにはこの友仁の供たちは、あの焼き鳥おやつの後で、「皇子一行としての品格がない」なんてチクリと言ってきたりするのだ。
そしてそんなことを言ってくるのは、友仁の供として宮城から選ばれた者たちである。
――けど、その品格ってどんなものよ? って話だよねぇ。
雨妹だってあれで一応、皇子たちから離れたところで別の旅人を装うように気を使ったのだ。
雨妹たちを傍から見ると、「皇子一行の端っこでちゃっかり休んでいる、一般人旅行者」に見えたことだろう。
実際、皇子一行の後ろを行けば、盗賊や獣に襲われる心配がないのだから、そうした者たちはちらほらいる。
そしてそれを「邪魔だ」と追い払わないのも、皇族としての度量というものらしい。
それに雨妹だって、相手の思惑くらいわかっている。
「品格がどうの」というのは単なる言いがかりであり、要するに皇子に直接声をかけられている雨妹のことが、文句を言う者たちには妬ましくて仕方ないのだ。




