390話 なかなか危ない
雨妹たちがそんな会話を交わした休憩の後も、旅は順調に進んだ。
いや、正確には盗賊が出没するなどのなにがしかの揉め事は起きていたのだが、皇子一行に先行する一団がそうした者たちを露払いしていた。
雨妹たちは、その戦闘跡地を通り過ぎるだけである。
「佳への道に比べて、こちらは危ない道なのかなぁ?」
争いの跡を見ること幾度目かで、雨妹は思わず疑問を口にする。
こんな、いかにも偉い人が乗っていそうで、なおかつがっちり守りがついている一行を狙う輩がいるとは、雨妹としては驚かざるを得ない。
それでも襲ってくるとは、なかなかの根性だと言えるだろうか?
これに呂が答えるには。
「ここいらは規模のでかい盗賊団がいるもんで、その下っ端が出世の足掛かりにって狙ってくるんだよ」
「え、そんな事情?」
呂からの答えに、雨妹はポカンとした顔になる。
なんと、盗賊も階級社会らしい。
――確かに、すんごい金持ちを襲えば大金が手に入るかもしれないけどさぁ。
その分、失敗の反動も大きいだろうに。
これが、そこそこの金持ちへの襲撃であれば、失敗しても運次第で逃げ帰れることだろう。
けれど雨妹たち一行のように皇族級の金持ちを襲えば、誇りにかけて盗賊団を殲滅するのが目に見えている。
呆れる雨妹に、呂も苦笑する。
「下っ端はどうせ蜥蜴の尻尾ってやつで、ろくな情報なんざ持っていないってんで、盗賊団も放置さ。
けど討伐する方としちゃあ、そういう輩が一番面倒でもある。
盗賊の下っ端の暮らしなんて、物乞いとさして変わらねぇもんだから、命がけの博打でも打って、一気に出世を狙うんだよ」
呂の説明に、しかし雨妹は首を捻らざるを得ない。
「はぁ~、その度胸をもっと別のことに使えば、真っ当な生き方でもなにがしかの成功ができるでしょうに」
それとも、いわゆる「裏社会」というものに一種の憧れを抱いている輩だろうか? 前世でも、そうした人種は一定数いて、雨妹が勤めていた病院にも時折大怪我を負って運ばれてきたものだ。
――宇くんあたりがこの盗賊団のことを聞いたら、どんな風に言うんだろうね?
あれで日本の裏社会組織のボスにまで上り詰めた人なので、なにがしかの「悪の一家言」のようなものを持っているかもしれない。
雨妹がそんな風に思考が逸れていると、呂が話を続ける。
「それに比べて、徐州の佳への道は確かに安全だ。
けれど徐州はそもそも、黄大公が盗賊の大親分みたいな存在だしなぁ。
街道に盗賊団がはびこる余地なんて、ありゃあしねぇってもんよ。
黄家は自分の土地で勝手をされることを、最も嫌う」
「ああ、黄家のご先祖様は海賊だっていう話でしたっけ」
雨妹は以前に聞いた黄家情報を思い出す。
なるほど、だから佳への旅は小人数が可能だったのかと、雨妹は今更ながら知るのだった。
――海賊は出たけれど、あれだってお家騒動関連だったしなぁ。
ちなみに辺境から都への道は、道のりが過酷なのとろくに金を持っていない旅人ばかりなのも相まって、盗賊なんて出る余地がない、そうした意味では平和な道だったりする。
つまり、これが雨妹の今世で遭遇した初盗賊なのだが、だからといってあまり記念になるような出来事でもない。
――初体験なら、もっとワクワク楽しいことがいいなぁ。
雨妹がこの先の旅路に願望を抱いていると。
「雨妹、大人しくしているか?」
いつの間にか騎馬がこちらに寄って来て、立勇が声をかけてきた。
「立勇様、お疲れ様です」
雨妹は立勇に労いの声をかける。
立勇は基本的には皇子二人が乗る軒車に貼り付いているものの、時折様子を確認するために、こうして雨妹に顔を見せるのだ。




