388話 皇子との会話は気を遣う
雨妹が友仁の体調観察をしている間、皇子たちの傍仕えは手際よく、休憩のための卓やらお茶やらを用意していく。
その様子を横目に、友仁がため息を吐いた。
「長く軒車に乗っているのは、辛いんだね」
長距離移動の辛さを体感して、少々しょんぼりしている友仁に、背後から声をかけたのは沈であった。
「ははは、慣れておらぬとそうであろうよ。
徐州への道ほどに、こちらも整備できればいいのだがな。
他に金を割くべき案件が多くて、そこまではできんのが現状だな」
そう言って「やれやれ」といった表情の沈に、友仁はなんと返せばいいのかと、困った顔になる。
――友仁様は余所の道路事情とか、そもそも見たことがないものね。
勉強して知識としてはあるのかもしれないが、聞き知っているのと実際に目で見るのとでは大きな違いがある。
かといってその「知らない」ということを、上手く会話に組み込む術も今の所持ち得ていないらしい。
傍仕えも皇子同士の会話に割って入る無礼ができないでいて、結果この場が微妙な空気になってしまっている。
――沈殿下も、友仁殿下相手に優しい会話をしよう、っていう感じじゃあないのかな。
それともこの会話も、友仁の教育の一環なのだろうか? もしかすると皇帝から、なんらかの指示が出ているのかもしれない。
けれど無言のままなのは良くないと思い、雨妹は助けを出すことにする。
「沈殿下、山の中にこれ程の道があるだけでも、私は嬉しいです。
なにせ私が辺境から来た道のほとんどは、獣道よりはいいという程度でしたから」
雨妹がそう話すのに、沈は「ほう?」と声を上げる。
「辺境からとは、それは道も厳しかろうな」
眉を上げて興味を示す沈に、雨妹は「それはもう」と返す。
「辺境は近くの里に下りるまでは荷車も通れないので、私たちは大荷物を担いで崖すれすれの道を歩くしかないのです。
おかげで度胸がつきますし、逞しくもなります」
「それはそれは、強靭な身体になりそうだ」
雨妹の説明に沈が感心すると場の空気が和らいで、友仁も肩の力を抜いたのがわかる。
「道にも、色々あるのか」
後宮の道しか知らない友仁が見上げてくるのに、雨妹は頷く。
「そうですよ。
今通っている道だって、その色々のうちの一つです。
ですから、道を一つお知りになりましたね、友仁殿下」
雨妹がそう言って微笑みかけると、友仁は嬉しそうになる。
そしてここで、雨妹は話を乗り物酔いの件に戻す。
「乗り物酔い対策として、移動の際に軒車の窓を開けて、外の風を入れるといいですよ。
安全と土埃対策で閉め切っているのでしょうが、体調を害するのも問題ですので、護衛の方に相談することをお勧めします」
この雨妹の言葉が聞こえたのだろう、護衛である明が離れた所からこちらに近付いてきた。
「道幅から考えると、横は守りが薄いので勧められませんが、前か後ろならばいいでしょう。
それに前の窓を開けると、先の景色が見えていいのでは?
それに薄布を張っておけば土埃も防げる」
さすが皇帝に付いて旅慣れているという明である。
この的確な助言を聞いた者が、軒車の中を整えに向かう。
そうこうしていると、皇子のための休憩の場が整ったようで、こちらへ呼び声がかかる。
すると、友仁が雨妹の袖を小さく引いた。
「雨妹、一緒にお茶をどうかな?」
友仁がおねだりするように上目使いで尋ねるが、生憎と雨妹にはやるべきことがある。
「ありがたいお言葉ですが……実は、あちらで私にも『お楽しみ』が待っているのです」
後半の言葉を友仁だけに聞こえるように、ひそっと言って視線を向けると、友仁からも煙が上がるのが見えたらしい。
あれは、呂が鳥を焼いている煙だろう。
「そう、なら邪魔してはいけないか。
今度、私も誘ってね?」
「その時は、くれぐれも内緒ですよ?」
ひそひそと話をしながら、雨妹と友仁は笑みを交わした。




