387話 旅の始まりは
都を出立した皇子一行は、順調に進む。
旅の進みは最も体力がない友仁に合わせたものとなり、軒車はかなりゆっくりな速度で走っていた。
一方で雨妹はというと、荷車に乗ったり、腰が痛くなればそこから降りて歩いたりして、それなりに快適な旅路である。
「雨が降らねぇんで、助かりますねぇ」
現在は荷車に乗っている雨妹の隣に座る呂が、快晴の空を見上げて呟く。
気候の変わり目であるこの時期は、雨が降ることも多い。
そうなると道はぬかるむし、雨妹たち荷車での移動組は雨避けをしないと濡れるしで、煩わしいことになるだろう。
このまま揚州に入るまで、天気が保ってほしいものだ。
そんな快晴の空の下に広がる景色は、一面の小麦畑だった。
この時期の小麦はまだ若く、青々とした景色が広がっている。
これが都へ戻る頃になると、黄金色の小麦畑になっているか、はたまた全て刈られてむき出しの土ばかりになっているかであろう。
――けどこの小麦畑も、友仁殿下には珍しい景色かもね。
雨妹は軒車の中にいるであろう人物のことを思う。
今回、友仁にとって初めての長距離移動のようだが、乗り物酔いをしていないだろうか? 一緒に居る沈が気を配ってくれるといいのだが、それでも具合が悪いとなると雨妹が呼ばれるはずなので、今の所元気ということか。
雨妹がそんな風に思案していると、呂が傍らでなにかしているかと思えば、空を飛ぶ鳥が落ちてきて、ちょうど荷車の上に落下した。
「旅は体力勝負、そのためには食うことでさぁ。
次の休憩で焼いて食いましょうや」
ニカリと笑ってそう言ってくる呂が、どうやらこの鳥を落としたらしい。
なかなか良い物を食べていそうな大きさの鳥だが、これの落下地点まで計算したとするなら、器用な男である。
「いいですね」
この呂の提案に雨妹も喜んで同意し、荷車の上で鳥を毟って血抜きしてと、下ごしらえをしていく。
そんな雨妹たちを他の同行者たちは遠巻きにしつつ、奇妙そうな視線を向けてくる。
――皇子殿下の一行だから、お供も皆基本的にお行儀がいいんだよねぇ。
お行儀がいいとは、言われたこと以外の余計なことをしないということでもある。
けど、そんなのはせっかくの旅なのにつまらないではないかと、雨妹は考えてしまう。
そんな中で、遠巻きにせずにこちらに馬を寄せてきたのは、明である。
「自由だなお前たちは。
血の処理さえちゃんとしていればいいんで、ソレを焼いたら足でもくれ」
注意をするついでにちゃっかりおねだりをする明だが、この平常心ぶりでは自由な主に慣れているのがわかるというものだ。
ところで立勇は今若干遠くにいて、こちらがなにをしているのか見えていないらしい。
もし近くにいたならば、小言を貰ったことだろう。
「じゃあ、足を残しておきますね」
雨妹がそう言って手をひらひらと振ると、明は元の場所へと離れていった。
そんなことをしていると、やがて休憩のために一行の足が止まった。
すなわち、雨妹の出番である。
雨妹は薬箱を抱え、皇子二人が乗っている軒車の方へと駆けていく。
「友仁殿下」
軒車から降りてきた友仁に、雨妹は少し離れた所から声をかける。
「雨妹!」
すると友仁が傍仕えや護衛に囲まれた中から、顔を見せて笑顔になるものの、その場にじっと立ち止まっている。
どうやらむやみに駆けださないことを、よくよく言い聞かされたらしい。
「身体にお辛い所はございませんか?」
「少しだけ、このあたりがムカムカする」
雨妹の問いかけに、友仁はそう言ってみぞおちの辺りを手でさする。
どうやら乗り物酔いをしてしまったようだ。
出発直後は旅に出た興奮から、乗り物酔いを感じなかったのだろうが、この旅路に慣れた頃に症状が出たと見える。
「では、こちらを白湯でお飲みください。
ムカムカする症状を鎮めます」
雨妹が陳の説明書きに沿って薬箱から取り出した粉薬を、友仁の傍仕えが受け取る。




