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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十一章 南への旅立ち

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386話 救急箱デラックス

雨妹ユイメイ、お前はこちらの荷車の集団にいるように。

 荷物もここに積んでいい」


立勇リーヨンに促されて、雨妹は背負っていた包みを荷車の端に載せるが、木箱の方は手放さない。


「それは、薬箱か?」

「そうです、今回もチェン先生に協力していただきました!」


その手元の木箱へ立勇の視線が向いたので、雨妹はそれを目の前に掲げて見せた。

 なにしろ今の雨妹は医局の臨時助手なので、陳も中身の融通が堂々とできる。

 なので、救急箱の中はかなり充実した品揃えとなっており、大きさもかなり大きめである。


「友仁殿下の体調管理の薬が、一番多いですね。

 他も、陳先生から注意書き付きで色々用意されていますので、もしもの際にはお声がけください。

 あ、万が一のための縫い針と縫い糸も、ちゃんとありますので!」

「いや、そんな心臓に悪い万が一は要らない」


雨妹は笑顔で説明するが、最後の一言に立勇が即答してきた。

 どうやら、雨妹にこの針と糸を持たせる姿を想像するのが、相当怖いらしい。


 ――まあ、何事もないのが一番だよね。


 雨妹としても、ぜひにこの針と糸を使いたいわけではない、と内心で考えていると。


「まあ、それはいいとして。おい!」


立勇がなにかを仕切り直すように咳ばらいをしてから、横手に向かって手招きをする。


「へいよ」


するとそちらから、誰かが近付いてきた。


「お前と一緒に行動することになる、まあ、雑用係みたいな男だ」


このように立勇がなんだか雑な紹介してきたのは、ヒョロリと痩せた男だ。

 薄い髭面で、格好も表情もくたびれた様子で、腕っぷしが強そうには見えないが頭脳労働にも見えず、雑用係という名目が妙に似合っている。


「あっしはリュってんだ、よろしく小妹」


紹介された男は、口の端を微かに上げて雨妹に挨拶してきた。


「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」


そんな男、呂に雨妹は挨拶を返すものの、内心で首を傾げる。


 ――あれ、なんかこの声、聞き覚えあるぞ?


 ごく稀に声を聞くことがある、あの護衛の人の中に、こんな声の主がいなかっただろうか?

 この百花宮で雨妹が聞くことができる男の声というのは、人数が限られているので、声の印象というのを案外覚えているのだ。

 しかも相手は雨妹のことを「小妹」と呼びかけてきた。

 これは「お前を見知っているぞ」と暗に言っているのだろう。


 ――本当に、護衛の人かなぁ?


 けれどそれならそれで、別段雨妹が困ることはない。

 むしろ道中の話し相手ができたと思うことにしよう。


「呂さんは麻花を好きですか?

 仲良しの台所番が、おやつにって作ってくれたんです!」


雨妹が手っ取り早い話題を振ってみると、呂はニカリと笑みを浮かべる。


「そうですかい、そりゃあ親切な御仁だ。

 あっしも甘いものは好きですぜ」

「甘いものって、食べると幸せになりますもんね!」


呂の返答に、雨妹も気分が上がってきたところで、立勇が口を挟んできた。


「ところで雨妹、道中で病人を見つけたならば、まずは報告するように。

 くれぐれも、一人で突っ走るな。

 今回は皇子方の公式な移動だ」

「う、はい……」


立勇にグサリと釘を刺され、雨妹は了承の返事をしつつも、視線を俯けてしまう。


 ――だって病人見つけたら、放っておけないじゃんか……。


 これはもう、前世から己に刻まれた性質なのだ。

 けれど皇子方の足を止めるのは不敬だ、ということもわかっている。

 不満を飲み込んで微かに頬を膨らませている雨妹を見て、立勇がため息を吐く。


「私もお前の性分は分かっているし、病人を見ても無視をしろというのではない。

 勝手でなく、一言断ればいいのだ。

 そういう場合には、私に言いに来い」


立勇の言葉に、雨妹はガバリと顔を上げる。


「はい、そうします!」


雨妹は立勇に返事をしつつ、気分を再浮上させた。


「癪に障るのは、そういうところなんだと思うがねぇ」


呂がなにやらボヤいている声は、雨妹にはよく聞こえない。

 こうしていると、やがて沈と友仁の一行は出発したのだった。

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