383話 夕食時にて
こうして太子や友仁と話をした日の、夕食時のこと。
「んふ、美味し~い♪」
雨妹はホクホク顔で、餡かけ飯を食べていた。
まだまだ朝晩が冷えるので、あったかい餡かけ飯は腹から温まれる嬉しい食事である。
このように雨妹が食事を楽しんでいると。
「小妹、ちょっといいかい?」
楊からそう声をかけられた。
「んぐ、なんでしょうか?」
雨妹が口一杯に頬張っていた餡かけ飯を飲み込んで顔を上げると、正面に楊が座った。
「小妹、お前さんは友仁殿下が勉学のために外にお出になられる件、聞いたんだろう?」
楊からそのように話を振られ、雨妹は「耳が早いなぁ」と驚く。
「はい、ひょんなことから成り行きで聞きました」
雨妹が頷くと、楊が「そうかい」と言って自分でお茶を淹れてから、一口飲む。
「実はね、その殿下の旅の供に、お前さんの名前が上がっているんだよ」
「そうなんですか?」
楊からの意外な話に、雨妹は驚く。
――太子殿下と話していた時には、そんなことを言われなかったけどなぁ?
雨妹は内心で首を捻るが、まだ決定していない内容だから言わなかったのかもしれない。
そして楊が語る事情によると、雨妹の名前が出た理由として、友仁の健康管理問題があった。
友仁は今ではずいぶん健康的に過ごしているが、食物過敏症という体質であることは変わりない。
それを鑑みて、体調管理に詳しい者も同行させるべきだ、という意見が出ているそうだ。
向かう先の沈の元には当然医者だっているのだろうが、この食物過敏症についてどれほどの知識があるかはわからない。
この病は、むしろ庶民の方でよく知られているものなので、皇族を診る立場の医者となれば不安があるのだという。
そこで目を付けたのが、病について妙に詳しい下っ端宮女の雨妹である。
辺境からはるばる都まで旅をして、徐州行きの経験もあるので、旅慣れてもいた。
「なるほど、旅慣れていないと、同行しても迷惑を掛けますもんね」
語られた事情に、雨妹も納得した。
「それにね、今ここはごたついているから、っていうのもある」
楊が声を潜めて語るには、花の宴の騒動に便乗しての人員削減も行われているのだという。
女官や宮女を尼寺行きとなる妃嬪に付き添わせたり、または諸侯へ下げ渡すという形で外へ出したりと、かなりの人数がいなくなる予定らしい。
そうした人員削減の対象となるのは、やはり皇太后に近しいものの、罪に問うほどの身の上ではない、という半端な者たちだ。
この処遇に当然不満も出ており、それで女官や上位の宮女たちは非常にピリピリしているのだとか。
そして人員削減の結果、かなりの宮や宮女の宿舎が空くこととなる。
そのため宮の閉鎖に配置換え、引っ越しなどが必要であった。
この百花宮大変革のために、一旦敷地内をほぼ空にして、使う宮と使わない宮をきちんと分け、大工などを入れて手入れをしよう、というのが上の考えなのだそうだ。
そこでちょうど今都に滞在している皇子や公主方の付き添いとして、一時避難的に多くの人員を外に出す計画なのだという。
皇太后派ではない皇族は、この一時避難に協力的であるらしい。
「外に出る連中は他にもいるよ。
今外に出せる者は出した方がいい」
「ふんふん、そうなんですかぁ」
楊の話を、雨妹は頷きつつも顎に手を当てて考える。
百花宮は男子禁制という掟があるため、外部の者を入れて手入れをするにも困難が生じる。
例えば庭の手入れにしても、外の庭師を入れようと思えば、当然中で暮らす者たちとの接触を断つために、手入れする予定の庭を布で覆って立ち入り禁止にする必要があったりする。
外部との接触はとにかく厳禁なのだ。
となれば、まどろっこしいのでいっそ最低限の者だけ残し、余剰人員を全員追い出してしまえと、そうなったのだろう。
――前世でも、家をリフォームするなら住みながらより、空き家にしてやる方が楽だったもんね。
それにしても、後宮はこれからより狭くなるわけで。
今でも先帝時代よりかなり縮小されたはずだが、皇帝はまだ狭くするつもりらしい。
なにはともあれ、雨妹としては頼まれれば否やとは言えないし、沈の居住する揚州を見るのが、今から楽しみにも思う。
――揚州かぁ、なにが食べられるかなぁ?
今から旅先の食事へと意識を飛ばす雨妹に、楊が微笑みかける。
「小妹、お前さんは春節からこちら、ずっと忙しかったからねぇ。
息抜きのつもりで行っておいで」
「はい!」
楊の心遣いに、雨妹は笑顔で返事をするのだった。




