381話 意外な手助け
「え、あの方まだ都にいるのですか!?」
唐突に意外な名前が出たことで、雨妹は思わずギョッとなって声が出てしまう。
「おや、雨妹は沈殿に面識があるのかい?」
そんな雨妹の反応に、太子の方も驚く。
どうやら雨妹が沈と出くわしたあたりのことを、沈からは話されていないようだ。
――まあ、宮女のご飯をたかりに行ったとか、言い難いか。
結果あの時ご飯を食べそこねてしまった雨妹には、沈を庇う気持ちはさらさらないので、素直に事情をまるっと話す。
「……まあ、自由なお人ではあるのだけれど。
ちょっと行いが大人げないねぇ」
「なんということでしょう、なんのために身分で行動を分けていたのか」
雨妹の少々の食べ物の恨みの籠った話を聞いた太子は、そう言って苦笑して、秀玲も頭痛を堪えるような仕草をする。
――宮女の食事場所に顔を出すとか、仕える方も困るよね。
きっとあの辺りは、皇族が立ち入ってはいけない場所だったのだろう。
それに同行していた偽宦官である立彬の同期の男は、本当の側付きではないので、そんな事情はあえて無視をしていたということか。
そんなことはともかくとして。
沈は花の宴のゴタゴタの後、しばし様々な雑務で内城の屋敷に留まっていたらしい。
皇帝側でも友仁の身の振り方について思案していた所へ、沈が手を差し伸べたのだそうだ。
「見識を広めるというのならば、我が元はうってつけでありましょうぞ。
それに皇族の在り方も様々であることが、我が身を見ればよくわかるはず」
沈の意見は皇帝に対して妙に説得力を発揮したらしく、そのまま胡昭儀へと提案されることとなる。
先だってのような馬鹿馬鹿しい騒ぎを起こさせないためにも、友仁が見聞を広めることは大事だという皇帝の思いも相まって、結果胡昭儀は了承したのだ。
と、このような裏事情であったらしいが。
「えっと、その……」
これらの太子から語られた事情は、友仁が懸命に自分なりに飲み込もうとしているものの、しきりに首を捻っている。
友仁には、やはり途中の大人の事情やなんやかんやを理解しろというのは、いささか早過ぎたらしい。
太子がそんな友仁に、今度は優しい言葉で説明した。
「つまり、胡昭儀はこれから意地悪な者たちと戦わなければいけないのだ。
相手はその意地悪に、友仁を利用するかもしれない。
だからそうなる前に、仲良くしてくれそうな皇族の所へ勉強に行かせようと、そういうことだよ」
「……!」
今度は友仁もわかったらしく、「なるほど!」という顔になった。
ならば最初からこちらの説明をしておけばいいような気がするが、それでは駄目なのだろう。
友仁とて今は理解が追い付かずとも、言われたことをぼんやりとであっても覚えておけば、後々閃くことがあるかもしれない。
「友仁殿下、よかったですね。
母君も殿下を思ってのことだったんですよ」
雨妹が微笑みかけると、友仁も笑みを返してきた。
「雨妹の言う通りだった。
色々な人から話を聞くのは大事だ」
「ふふ、お教えできて光栄です」
最初に見た顔とは一転して、キラキラした笑顔を見せる友仁に、雨妹も嬉しくなる。
思えば友仁があのごみ焼き場にいたのは、雨妹に会えるかもしれないと考え、待っていたのだろうか?
それ以外に、友仁がわざわざあんな場所で嘆く理由がないからだ。
人に見つからない方がいいのであれば、必ず掃除係がごみを焼きに来るであろうごみ焼き場は選ばないだろう。
いつから友仁があそこにいたのかは定かではないが、出会った時に身体がそう冷えている風ではなかったので、そう長い間ではなかったのだろう。
ごみ焼き場はそう日当たりのいい場所にはないので、春先のまだ風が冷たい季節には冷えるのだ。
それに散歩が趣味である友仁であるので、あのごみ焼き場にも頻繁に顔を出した結果、掃除係が来る頃合いを知っていてもおかしくはない。
ちゃんと計って行動している友仁に、雨妹は感心する。
――こういうところは、友仁殿下もやっぱりあの父の子なんだなぁ。




