379話 友仁の悩み
「何故、そのように思うのですか?」
雨妹が問いかけると、友仁は言い難そうな顔をして黙ったものの、やがて口を開く。
「私、ここを出されるんだ。
聞くつもりじゃあなかったけれど、聞いてしまった」
友仁皇子の話を想像するに、どうやら偶然誰かの話を立ち聞きしたと、そういうことなのだろう。
「それは、どなたが仰っていた話ですか?」
話の出所を確かめようとする雨妹に、友仁はぐっと唇をかみしめてから答える。
「……母上付きの、女官」
なるほど、それでは全くのでたらめだとは言い切れない話であり、友仁が深刻に考えるのもわかるというもの。
それで友仁は「後宮を出される」という言葉から「母に嫌われたから遠ざけられるのでは?」と思い至ったと、そういうわけらしい。
つまり、出るに至る理由は不明ということだ。
――お母さんの胡昭儀って、子どもに愛のある人に見えたけれどなぁ。
けれど今は花の宴からこちらのゴタゴタがまだ続いているので、その関係でなにか起きているのかもしれない。
花の宴で大変な被害を被った百花宮であるが、被害が顕著であるのが人員の減少――特に皇太后と皇后周辺である。
皇太后の宮の者は基本皇太后と共に尼寺行きとなり、残されて余所に回される人員はろくに情報に接していない下っ端のみ。
皇后宮でも皇太后宮との繋がりの強い者たちは、同じく尼寺行きとなっていた。
こうした状況なので大きな人員移動があって、上位の女官から下っ端宮女までてんやわんやとなっているのである。
「ふぅむ」
雨妹は友仁のためにどうすればいいかをしばし考え、やがてポンと手を叩く。
「では、そういう話に詳しそうな方に、本当の所を聞きに行きましょう!」
そう、あやふやで半端な話を聞いて不安になっているのならば、正確な情報を求めればいいのである。
というわけで、雨妹は荷台の荷物を降ろし、代わりに友仁をそこに乗せて移動することにした。
ところで、友仁にはお付きの宮女がいる。
こうして友仁が一人でいる時は、大抵お付きと逸れてしまった時である。
だが雨妹はこの時お付きの存在をすっかり忘れてしまい、結果、そのお付きは泣きながら友仁を探してさ迷うことになってしまうのは、後々悪いことをしたと反省するのであった。
そして、友仁を乗せて出かけた先はというと、
「で、なんなのだ今度は?」
なんだかんだで雨妹がいつも頼りにしてしまう、立彬の元であった。
雨妹が太子宮の門前で立彬に繋ぎを求めると、幸運にも本人がやって来てくれた。
立彬とて、いつも唐突に訪ねて捕まるわけではないのだ。
「兄上に、叱られないかな?」
約束もなくいきなり一人で太子宮まで来てしまった上に、太子の側近である立彬がいきなり現れたからだろう、友仁がオロオロとし始める。
そんな友仁に、雨妹は笑いかけた。
「皇子殿下、これは大事な情報収集です!
気になった情報は、色々な人から話を聞かないといけません。
たまたま聞いた話が嘘かもしれないし、その人の見解が他と違うかもしれない。
それを自分で確かめて、情報は確かなものとなるんですよ」
「つまり、なにか確かめたい話があるということか」
そう言って立彬がちらりと友仁に視線をやると、このままこの場で立ち話をするわけにはいかないと察したらしい。
雨妹と友仁を中へ入れてくれた。




