378話 新たなる日常
ガラガラ、ゴトゴト
辺りに車輪が地面の上を回る音が響いていた。
現在行く道の状態が悪いため、時折ガタッ! と大きく跳ねる音もする。
「はぁ~、道がいいのか、悪いのか……」
雨妹は荷車の上で、このようにぼやく。
「この道は整備されている方だ。
徐州への道の良さは特別だぞ」
このぼやきに口を挟んでくるのは、現在馬上の人となっている立勇である。
「やっぱり、そうなんですかぁ」
立勇の言葉に、雨妹は「ほぅ」と息を吐く。
道路をあそこまで整備するとは、黄家は交易の拠点を持っているだけあり、ずいぶん金を持っている。
これでは思った通り、軒車に乗らないでよかったと雨妹は安堵してにへらっと笑い、う~んと両腕を伸ばして伸びをしていると。
「一旦止まって、休憩だ」
荷車の前を行く軒車の横から、明がこちらも立勇同様に馬上から告げた。
「はいはいっと」
雨妹はそれを聞いて、荷車から降りる準備をする。
一行が止まったところで、雨妹は荷車から敷物や小さめの卓やらを下ろし、休憩の準備を始めた。
そこへ、停まった軒車から人が降りてきた。
まず一人で姿を見せたのは沈天元と、続いてお付きの手を借りて降りてきたのが友仁である。
そう、雨妹は現在、皇子二人に同行しての旅をしているのであった。
「雨妹!」
友仁が雨妹の姿を見ると、こちらへ駆けようとしたのをお付きから手を引かれて立ち止まり、結果ゆっくりと歩いてくる。
そこいらの小石に躓いて転んでは危ないので、雨妹としてもぜひ走るのは止めてほしいところだ。
「友仁皇子、乗り物酔いなどになってはいませんか?」
雨妹が体調確認をするのに、友仁がにこりと笑う。
「元気だ、沈様がたくさんお話をしてくれるから、具合を悪くする暇もないもの」
「それは良かったです」
それでも念のために友仁の脈拍を計り、顔色をよく観察する。
何故雨妹がこうして皇子たちの旅に同行しているかというと、時は数日前に遡る。
「ふんふ~ん♪」
その日雨妹はせっせと箒を動かし、落ち葉を掃いていた。
落ち葉は秋のものだと思うかもしれないが、春にだってそれなりに落ち葉が出る。
季節の変わり目は、やはり木だって衣替えするというわけだ。
「よし、こんなものかな!」
雨妹は掃除の後を見回して確認すると、落ち葉を入れた袋と箒を三輪車の荷台に載せ、ごみ焼き場へと移動する。
「あれ、誰かいる」
すると前方に見えたごみ焼き場に人影が見えた。
小柄な上にちんまりとしゃがみ込んでいて、雨妹は最初、誰かが置いて行ったごみ袋かと思ったのだが、モゾモゾと動くと人だとわかる。
というか、あれはひょっとして――
「友仁皇子?」
雨妹はそっと声をかけると、その人物がはっとこちらを振り向く。
「雨妹……うえぇ」
そして雨妹に呼びかけると、目をウルッと潤ませ、涙を一杯に溜め込んでしまう。
突然泣き出した友仁に、慌てたのは雨妹である。
「どどど、どうしたのですか!?」
雨妹は三輪車と載せた荷物を放り出すと、アワアワしながら友仁に駆け寄る。
「なにかありましたか?
転げて怪我をしたとか、誰かにいじめられたとかっ!?
いじめられたのならば、相手の名を教えてくだされば、地味に嫌ぁな噂を皆に頼んで流してあげられますよ!」
雨妹は励まそうと懸命に話しかける。
「あの女は酷い水虫だ」とか「猛烈に脇が臭うらしい」とか、ささやかだがあり得そうなことを下っ端宮女仲間にヒソヒソしてもらえば、噂はあっという間に広まる。
権力に逆らえない下っ端の、希少な反抗手段であった。
これにしかし、友仁はふるふると首を横に降る。
「私は、母上に嫌われたんだ」
友仁の口から驚きの台詞が出て、雨妹は目を見開く。




