374話 いよいよです!
花の宴の争乱の三日後。
ダジャが約束通り、雨妹にカレー ――ではなくてコリィをご馳走してくれるという知らせが届いた。
香辛料類を融通してもらえたのだそうだ。
というわけで、雨妹は静を連れて、ダジャが滞在している兵舎を訪ねることとなった。
「楽しみだねぇ」
「ダジャ、薄粥以外にも作れるの?」
純粋にカレーを食べられることが楽しみな雨妹だが、静はダジャの料理能力に疑念があるようだ。
――まあ、二人で都を目指す間、碌なものを食べさせられなかったものねぇ。
多少なれども食事の贅沢を知った今の静が、あの食事に物申したくなるのはわかる。
「……のん気だな、お前たちは」
そんな雨妹たちに、呆れ声を漏らすのは立勇だ。
兵舎であるので、当然この男の同行は必須である。
そうそう、静には立勇を「立彬とは双子の兄弟だ」と説明すれば、「そうなんだね」と素直に納得してくれた。
自身が双子であるため、双子説に疑いを持たないのだろう。
こうして兵舎にやってきた三人であったが。
「静静~!」
兵舎に入るなり、静に飛びついてきたのは宇である。
そうなのだ、この兵舎には宇も滞在していた。
宇もなかなか複雑な身の上なのだそうで、宮城も滞在させる場所に迷ったそうだが、「厄介な者同士で固まってもらおう」という意見に落ち着いたと見える。
これに宇も特に反論しなかったという。
ちなみに、宇はもう宮女の格好をしておらず、かといって豪奢な格好をしているわけでもない、簡素な格好である。
何家の子どもということで、恐らくはそれなりの衣服を用意されたのだが、静が言うには「動き辛い!」と文句を言って、旅装のままなのだという。
――仲良しだなぁ。
雨妹は何家の姉弟の触れ合いにほのぼのしつつ、兵舎の奥の方に目をやる。
奥には小さいが台所があるらしく、そちらから香辛料の良い香りが漂ってくる。
懐かしいようでいて、未知のようでもあるこの香りが、コリィの香りなのだろう。
ちなみに、香辛料を融通してくれたのは太子である。
これまで皇帝の方針のせいで、表立って関われなかった太子であるが、ここにきて大いに存在感を押し出してきていた。
――皇帝陛下から、合格点が貰えたのかなぁ?
だが少なくとも、花の宴の騒動での太子宮の被害は軽微だった。
恩淑妃が皇太后派であるので、こちらの宮には多少の影響があるかと思われたが、数人の女官や宮女が姿を消した程度で、大方のところでは問題が起きていないという。
太子宮をきちんと把握できていたことを、皇帝やその周囲から評価されたのだろう。
雨妹としても、父と兄が仲違いするような事態にならず、ホッとしている。
というか、一番ホッとしているのは、隣に黙って立っているこの男だろう。
雨妹のために太子との板挟みな立場にしてしまったのは、申し訳なく思うと同時に、とても有り難かったのだ。
「うへへ」
雨妹が思わずそんな声を漏らし、なんとなく立勇の脇腹を肘で突く。
「なんだ、気味の悪い奴め」
雨妹はこの唐突な行動に、立勇からしかめ面をされてしまった。
兵舎の入口でしばし、そんなことをしていたのだが。
「もうすぐできるってさ、早く行こう!」
静をギュウギュウに抱きしめて満足したらしい宇が、雨妹たちを手招きして先を歩いていく。
かと思ったら、宇がススッと後ろに下がって雨妹と並ぶと、雨妹の手を取ってさらに下がり、宇と二人で並んで歩く形になった。
――なんだなんだ?
雨妹が宇の行動を訝しんでいると。
「ねえねえ、雨妹お姉さんは、前になにをしていた人?」
宇がにこにこ笑顔で隣に座り、ひそっと問うてきた。
「は?」
これに頬を引きつらせてしまう雨妹に、宇が笑顔のまま話を続ける。
「お姉さんから、同類の匂いがするんだぁ。
あ、こういう時って、先にこっちが名乗らなきゃだよね!
僕は前にね、組長――じゃなくて、えっと……そう!
古めかしいしきたりが好きな集団でぇ、歴史愛好会的な組織のボスかなっ?
それをしていたんだよ」
宇が自己紹介をしてくれたのはいいとして。
今、明らかに「組長」と聞こえたのだけれども。




