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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十章 争乱の宴

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373話 皇族とは

 ――あの男が雨妹ユイメイを守り切ったことは、褒美をやりたい気分だ。


 ダジャルファードが混乱の最中、東国人の自爆攻撃から命を賭して雨妹たちを守ろうとしたことは、志偉も認めるところである。

 皇太后宮には相当数の東国人が潜伏していたようで、皇后宮も同様に東国人から付け入られていたのだろう。

 おかげでただでさえ花の宴は外から皇族が入ってくるので警備が複雑になるというのに、その上東国人の工作により、かなり影たちの情報伝達が混乱させられ、現状把握が困難であった。

 そんな中で雨妹の警護が手薄になってしまっていたのは、明らかに狙われたのだ。

 「皇帝になるはずだった」と主張する宦官は、志偉シエイが妙に絡む青い目を持つ宮女に反感を持っていた。

 雨妹の年頃から逆算して、過去の張美人の件を思い出したかもしれないが、あの宦官の目的のほとんどは、現在皇族と認められている者たちへの嫉妬だ。


「青い目を持たずに生まれたせいで、皇族としての権利を奪われた」


その宦官の主張はそういうことのようだが、あの男は戦乱期の生まれであり、その出生がどうであるかには確かな証拠などない。

 だがそれは、志偉とて同じことである。

 先帝の子種を受けて生んだ唯一の子である兄は、身体が弱かったために、皇帝の座を争うなど到底無理であった。

 しかし先帝は一度手を付けた女には二度と手を出さなかったという。

 なので皇太后はなんとしても、己の今後の身分を保証してくれる男児を得るためにと、他の男を引き込んで子を作った。

 それが志偉である。

 けれど志偉はあまりにも『父』に似すぎたらしい。

 あまりにあからさまな醜聞により、周囲から非難を浴びた皇太后は、志偉の存在が次第に鬱陶しくなり、田舎に追いやった。

 だが、先帝の時代はそうした行為は多かったらしい。

 なにしろ先帝は妃にも、子どもにも興味がなかったと聞く。

 志偉の兄弟姉妹と認められている者たちも、真実兄弟姉妹であるのかは謎である。

 青い目を持つ子どもは、少なくとも皇族の血を引く証があるから、皇子や公主に据え置かれただけだ。

 そうでない者は、証を立てることが困難だから排除された。

 残酷だが、それがあの頃の現実である。

 まあこの宦官については、皇太后自ら宦官に堕としたというのだから、なにか鬱陶しく思う背景があったのだろう。

 もしくは皇太后の気まぐれか。

 それが巡り巡って今、悪意が返ってきたわけだ。


 ――まったく、考えなしで浅はかなことだ。


 だがもっと浅はかであるのは、皇太后が己と同じことを皇后となった姪にもやらせたことである。

 どうしても男子を産ませて、実家である州で次代も権力を掌握したかったのだろうが、そのようなことを他が認めるはずがないし、なにより時代があの頃とは違う。

 なんのために太子を同じ州から続けて出さないように、取り決めが為されたのか? それを考えも、知ろうともしないのだ。

 そのような皇太后への愚痴はともかくとして。

 東国人たちはもうこの作戦は失敗に終わると悟った時に、皇太后宮や皇后宮で自爆による自殺を図った。

 だから他の宮では建物被害が軽微であるのに、この二つの宮だけは建物への被害が甚大であったのだ。

 繰り返すが、本当に雨妹がこれに巻き込まれずにいたのは、幸運以外の何物でもない。

 後宮の庭園や建物への被害について、志偉は率直に言ってあまり気にならない。

 建物や庭園はまた造ればいい。

 けれど失われた人の命は、どんなに祈っても戻っては来ないのだ。

 皇太后とダジャルファードの違いは、この真実を知っているか否かでもあるのかもしれない。

 そのような様々な思いを、志偉は吐息一つで飲み込む。


「証拠が明らかな以上、それが事実である。

 皇太后よ、そう言って張美人を罪人とし、辺境の尼寺に追いやったのはお前だ。

 お前が過去に為したことであるのだから、自らもその言葉に従うのが筋であろう?」

「……!」


この志偉の言葉に、皇太后は初めて表情を歪め、ぎりっと唇を噛んだ。

 皇太后はきっと、記憶のかなたへと放っていたかつての己の行いが、まさかこのような形で返ってくるとは、夢にも思わなかったことだろう。


「尼寺で隠居するがいい。

 温情ではなく、下手に命を奪って妙な輩に暴動を起こさせないためだ。

 それでも、そこいらの民よりも豪奢な生活を送れるぞ?

 結構な身分なことよな」


志偉がいっそ穏やかな表情で告げるのに、皇太后は怒りで目を血走らせている。

 どれほど他者よりも恵まれた余生であろうとも、皇太后として君臨する日々に比べれば質素なものとなるからだろう。


「お前なぞ、産むのではなかった……!」

「ふん、それは愉快なことを聞いた」


皇太后の悪態など、志偉は今更なんの感慨も抱かなかった。


***

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