369話 …きっと来る!
――終わった、のかな?
雨妹がホッと安堵の息を吐こうとした時、ダジャはネファルの傍から飛び退き、棍を思いっきりどこかへと振り投げる。
「グアッ……!」
勢いの乗ったその棍が突き飛ばしたのは、潜んでいた覆面姿であった。
恐らくは東国の手の者だろう。
その東国人は、ダジャの棍で動きを止められたものの、まだ動けるのかこちらへ寄ってこようとする。
東国人たちは、自爆で火事を仕掛けているのだったか。
このままでは大勢の中で自爆されてしまう、と誰もが危機感を抱き、恐怖の悲鳴が空気を震わせる。
「くっ……!」
ダジャは完全に意識を狩り損ねたその男に飛び掛かり、せめて被害を抑えられる場所へ連れて行こうと駆け出す。
だがそれは、ダジャも諸共に自爆させられるということでもある。
「ダジャぁ!?」
静が悲鳴混じりに呼び掛けるが、ダジャは足を止めない。
しかし――
ヒュン!
小さく風を切る音が聞こえたかと思ったら、自爆しようとした東国人は一人、なにかに引っ張られるように高く宙を舞う。
ドガァン!
そして、なにもない所で爆発した。
――なに、今、なにが起きたの?
短時間に色々なことが目まぐるしく起きたため、雨妹は頭の中がついて行かず、呆然としてしまう。
「何者!?」
一方で、冷静であったダジャが誰何を叫ぶ。
「おお怖い! こちらは味方ですぜ」
これに対してそう声を上げながら姿を現したのは、ひょろりとしたどこにでもいそうな男であった。
けれどその立ち振る舞いは、どこかあの護衛の人のものに似ているように、雨妹には感じられた。
「着いて早々に皇帝陛下に命じられて、急いで助けに来たんですから、そう怖い顔で迎えないでくだせぇよ。
それにしてもさすがは『冷徹の黒豹』、いい腕をしていらっしゃる」
「……なに?」
まくしたてるように話すこの男に、ダジャがきょとんとしているのが、遠目にもわかる。
――とりあえず、もう安心ってことでいいの?
しばし待ってみたがなにも起こらないので、雨妹と静はダジャに駆け寄った。
「ダジャさん、怪我はないですか!?」
「痛いところないっ!?」
「なにも、無事」
雨妹と静が二人がかりで集るのに、ダジャはいたって平気そうに返す。
本当にどうもないらしく、頑丈な男だ。
それがわかって雨妹が静と顔を見合わせ、ホッとしていると。
「片付いたのか? 飛よ」
またもや新たに誰かが現れた。
けれどこの場に響いたそう大きくもない声に、雨妹はピキリと背筋を強張らせる。
一度しか聞いた覚えがない、しかしあの忌まわしい記憶と共に、耳の奥に刻まれた声でもあった。
――もしかして……。
雨妹は「見たくない!」と主張する身体をギギギ、とぎこちない動きでなんとか動かし、声のする方へと視線を向ける。
するとそこにいたのは、ゆったりとした足取りでこちらへと歩いてくる二人連れであった。
身なりの良い男と宮女で、男の方は明らかに皇族らしい格好をしており、青い目がその証であろう。
そしてなにより、雨妹はこの男の顔に見覚えがあった。
「大偉皇子……!」
まさかの再会に、雨妹は不敬も忘れて立ち尽くす。
――なに、この人って花の宴には来ないんじゃなかったの、楊おばさぁん!?
心の中で悲鳴交じりの愚痴を零す雨妹の存在に、あちらもすぐに気付いたようで、大偉の口元が弧を描く。
「おお、我に髪を捧げる予定の娘よ」
「はぁあ!?」
うっとりとした顔で、こちらの予定には全く記されていないことをしれっと言ってくる大偉を、雨妹は嫌悪感で反射的にギロッと睨む。
もう皇子への不敬なんてどうでもいいという気分である。
「はぁ、またこのお人は……」
雨妹の様子を見て、何故か先程の男――どうやら名を飛というらしい彼が、疲れたようにため息を漏らす。
「そういう気配りのないことを言う男って、嫌われると僕思うなぁ」
隣で大偉に向かってそんなことを述べる豪胆な宮女は、よく見れば静にそっくりではないか。
「宇!?」
するとここで静の驚きの声が上がり、そのそっくりな宮女の元へと駆けていく。
「僕の最愛!」
そのそっくり宮女が、両手を広げて静を受け止めた。




