368話 ダジャの戦い方
『もっと騒がせるかと思えば、役に立たない東国人め』
そのネファルが把国語で眉をひそめて吐き捨て、唇をペロリと舐める。
『だがもうどうでもよい、さあダジャルファード様、共に行きましょう!』
そして笑みを浮かべて、ダジャへと襲い掛かる。
いや、ダジャへというよりも、ダジャが庇っている雨妹たちへ、という方が正しい。
ネファルの目線が雨妹や静へと向いているのを感じるのだ。
ダジャが守っている弱者を枷としたいのだろうが、それらの攻撃にダジャが立ちはだかり、全て受け流す。
――私は、こういう時は変に動かない!
妙にウロウロした方がダジャも守りにくいだろうし、自衛能力がほぼ皆無な雨妹は、自分が守られていることを信じるしかない。
「頑張れ、ダジャさん!」
「……っそうだよダジャ、そんな奴ボコボコにしちゃえ!」
雨妹の声援を聞いて、怯えていた静もハッと思い出したようにダジャを応援する。
「言われるまでもない」
ダジャは口の端を上げて雨妹と静に応じ、棍をくるりと回してネファルへと飛び掛かる。
立彬の棍捌きも凄いと思ったものだが、ダジャもまるで己の手足が伸びたかのように、自在に棍を操り、突き、払い飛ばす。
しかも身体の使い方が立彬と違う気がするのは、あれが把国流の体術なのだろう。
大勢を守りながら戦うダジャは、恐らくは形勢的には圧倒的に不利に違いない。
しかしそうした不利を感じさせない身体捌きや表情は、周囲に不安を感じさせないものだ。
ダジャにそれが出来る理由を、雨妹はハッと思い至った。
――そうか、あの人は王子だから、負けそうって思わせたらダメなのか。
皇帝もそうだが、国の先頭に立つ者が常に心掛けるのは、後に続く者を不安にさせないことだろう。
ダジャには未だに、その意識が染みついているのかもしれない。
それはすなわち、ダジャがそうあるために長い間鍛錬してきた証ともとれる。
奴隷の身に堕とされ、苦難を強いられたであろうダジャだけれども、それまでの積み重ねは彼を裏切らないのだ。
「ダジャ、なんだか生き生きしているみたい」
戦うダジャを見守る静がボソリと呟く。
「そうなの?」
目を丸くして問う雨妹に、静が「うん」と頷く。
「ダジャは昔すっごく嫌ぁな姫様からすっごくいじめられて、しょんぼりになって、ちょっぴり女の人が嫌いになっちゃったんだって、宇が言っていた。
だから態度がひねくれているんだよ。
けどダジャがあんなに元気になったなら、色々ダジャのことを考えていた宇もきっと嬉しいね」
静が思い出しながら教えてくれたことを、雨妹はよくよく考える。
王子が奴隷に堕とされるとは、存在を全否定されるようなものだ。
そのような目に遭ったのだから、立ち直るのは簡単なことではない。
その上どうやら厄介な相手から陥れられたらしい。
そんな風に心が病んだ人にやる気を出させるのは、相当難儀だろうに、こうやって静と共に山越えして都へとやってきたわけで。
――ねえ、宇くんとやらは、本当に一体なにをしたの?
雨妹としても、少々どころではなく気になるところである。
それに静は都に着いた当初、男性に見えるような格好をしていた。
あれは暴漢対策もあるのだろうが、もしやダジャの女嫌い対策でもあったのだろうか?
しかし、これを当人たちに確認するのも憚られるので、あくまで雨妹の想像に留めておくが。
こうして雨妹と静がそんな会話をしている間にも、事態は進む。
ダジャとネファルの争いは、ネファルが次第に焦れてきたようだ。
『我が君、何故それほどまで抵抗なさるのか!?』
『いい加減にしろネファル、破滅の道なら己一人で勝手に往け!
新たな道を往く我らを巻き込むな!』
必死に訴えるネファルに、ダジャが怒声で叩き返す。
『新たな道など……我が君が変わるなど、許せるものか!』
ネファルの目が憎しみで染まり、その目が雨妹と静に向けられる。
『あ奴らが、我が君を堕落させた悪!』
雨妹たちへ攻撃しようとするネファルの前へ、ダジャが何度目かに立ちはだかった。
その時――
ぐんっ!
何故か、ネファルが微かに体勢を崩した。
そしてその隙を逃すダジャではない。
『仕舞いだ!』
棍を操りネファルを地面に落としてその上に飛び乗り、身体を拘束する。
『せめてもの情けよ』
ダジャの小さな呟きを拾ったネファルが微かに見上げた、その次の瞬間。
ガリン!
奇妙な音が鳴り、ネファルの首があり得ない方向へと曲がったのが見えた。
「……!」
ダジャがネファルの首の骨を折ったと知り、雨妹は思わず静の頭を肩口に抱え込む。




