367話 こちらにも来た
皇太后宮や皇后宮は、宮城に近い宮であるので狙われた、ということもあるのだろう。
けれど今の雨妹の脳裏には、「証拠隠滅」という言葉が思い浮かぶ。
今回雨妹が攫われたのは皇太后宮だし、先だってのケシ汁騒ぎで、皇后宮は汚染が酷かったはずだ。
雨妹がそんなことを考えつつ、どんどんと処置をしていた、その時。
「全員、伏せろ!」
ダジャの怒声が響いた、その直後。
ドガァン……!
「ぎゃっ!?」
案外近くの場所から爆音が響き、静や患者たちが恐怖で悲鳴を上げる。
「どこかで、自爆した」
「自爆!?」
ダジャが告げた内容に、雨妹はギョッとする。
火事は火薬によるものだというだけではなく、まさか自爆とは。
「そんな、命を粗末にするようなことを……!」
ぐっと唇をかみしめる雨妹に、ダジャが棍を握って周囲を警戒しつつ、述べるのは。
「東国人、必死。戻れば殺される。ここで死ぬも同じ、哀れ。
その恐怖による必死さが、東国の強さ」
ダジャのこの言葉は、生まれ育った国を攻められた怒りと、これまで見てきた東国兵への同情とが、複雑に混ざったものであるように聞こえた。
東国兵はここで少しでも勝利の証――崔国へ被害を与えた証拠を残さなければ、国にいる家族に害が及ぶのかもしれない。
つくづく戦とは、このように命の重さを軽くしてしまうものなのだ。
それが身をもってわかっているからなのだろう。
皇帝――あの父は、決して安易に戦を選ばない。
苑州への進軍を宣言しても、未だ積極的に動きを見せないのは、最後まで別の方法を模索しているからだと、雨妹は思う。
その父の行動は、弱さなどではないはずだ。
「強さとは、命を尊ぶ先にあるものです。
己の命すら軽んじて玩ぶものが、強さであるものですか!」
そう語る雨妹の青い目に込められた力強さに、ダジャが微かに目を見張ってから、小さく頷く。
「……私も、あれは好かない」
そしてそう零した後、ダジャが数歩移動して握っていた棍をブン! と振る。
パァン!
するとこの棍の先でなにかが当たったかと思ったら、
ドガァン!
間近で爆発音が響く。
「うひゃっ!?」
今度は先程よりも近い距離での爆発だったので、爆風が雨妹の全身に吹き付ける。
いや、それよりもだ。
――え、今のってひょっとして、ダジャさんが爆弾を打ち返したの!?
雨妹はこれにびっくりだ。
幸いなのは、打ち返した物がなにもない空中で爆発したことで、これだってもしや、ダジャが飛ばす軌道を狙ったのだろうか?
だとすれば、案外器用な男である。
というか、こんなに強い人をわざわざ追放するとか、把国は馬鹿ではないかと、雨妹としては思ってしまう。
いや、強いからこそ誰かが目障りに感じて周到に罠にかけ、追い出した可能性もある。
なにはともあれ、この場にいるのは怪我人ばかりなので、危ないから逃げようにも、速やかにとはいかない。
となれば、ダジャが頑張ってくれる間に、他の人が早く応援に来てくれることを願うしかないだろう。
それにダジャや静がここにいるのだから、どこかに見張りであるあの護衛の人の誰かもいるはずだ。
雨妹の移動中に何事もなかったのは、きっと護衛の人が守ってくれていたからだろう。
今のは、たまたまそれをすり抜けてきたのを、ダジャが対処してくれたのだ。
誰もが皆、最悪の結果にならないように頑張っている。
「落ち着きましょう、助けはすぐに来ますから!」
雨妹は爆発音に怯える静を抱きしめ、患者たちに胸を張って告げる。
怯えは怯えを呼ぶので、ここで雨妹が不安そうな顔をしてはいけない。
こうして雨妹が強い気持ちを維持しようと己を奮い立たせていると、ダジャが棍でまたなにかを弾き返す。
今度は軽い音と共に、短剣が地面に刺さった。
『鬱陶しい、わかっているぞ、姿を表せネファル!』
ダジャが把国語で叫び、睨む先に姿を現したのは、ダジャと似た風貌の、浅黒い肌の男であった。
恐らくは彼が、ダジャの話にあったネファルなのだろう。




