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36話 浮かれる宮女たち

最近、季節は次第に暖かさを増している。

 後宮ではインフルエンザもピークを過ぎつつあるのか、徐々に勢いが衰えてきていた。

 そうなれば、いよいよ春到来だ。

 雨妹(ユイメイ)としても綺麗な庭を眺めつつ掃除すると、とても気分よく作業が進む。

 そして庭園の花を眺めながらのおやつは、一段と美味しい。

 掃除の後のおやつ休憩は、ちょっとしたお花見気分だ。

 庭園の梅の花はそろそろ散り際だが、代わりに桃の花が満開の時期を迎えていて、とても見ごたえがある。

 そんな春の盛りのある日、朝の食堂で後宮にて開かれる大規模な行事について聞かされた。


「花の宴?」


「そう、お偉方が花を愛でながら宴を開くのさ」


朝食を食べながら首を傾げる雨妹に、美娜(メイナ)が説明する。

 聞けばいわゆる花見のようだが、この日ばかりは他の宴と違う特別なことがあるという。

 なんでも成人して後宮を去った皇帝の子供たちが、母と過ごすために後宮に入ることを許される日でもあるようなのだ。


「なぁるほど、それで皆浮かれているんですね」


雨妹が腑に落ちたような顔で周囲を見渡せば、あちらこちらで何番目の皇子がどうのという話で盛り上がるのが聞こえる。

 宮女たちにとって花の宴は、皇子に見初められる絶好の機会なのだろう。

 雨妹にとって皇子はどうでもいいが、それよりも関心を引いたことがある。

 それは花の宴で着飾りたい女たちのために、もうすぐ商人がやって来て露店を開くらしいということだ。


「新しい簪を買いたいわ」


「いい色の紅はあるかしら」


買い物をしたくてうずうずしている宮女たちが、あちらこちらでそうささやき合っている。

 世界は変われど、女は買い物が好きなことは変わらないようだ。

 雨妹としては装飾品にさほど興味はないが、買い物はしたい。

 なにせ辺境では自給自足の物々交換が基本で、買い物なんて縁遠い生活だったのだから。

 露店開催に合わせて渡された給金にだって、初めて見た貨幣もあったりする。

 今世で未だ満たされていない買い物欲を、この際思いっきりぶつけてやりたい。


 ――なにかいいものがあるかなぁ?


 期待に胸を膨らませつつも時は過ぎ、商人がやって来る日の朝となり。


「よぅし、買い物だ!」


雨妹は仕事をパパっと終わらせ、露店が開かれている広場へと向かう。

 ウキウキ気分な雨妹だったが、忘れてはならないのは、後宮は序列社会だということ。

 それは露店での買い物でも反映されるもので、先輩宮女から先に買い物をしていくのだ。

 結果、どうなるかというと。

 露店は宮女や女官に散々荒らされ、残りかすのような物しか残っていない状態であった。


「……まあ、こうなるよね」


下っ端宮女の買い物事情なんて、余りものから選ぶしかないのだ。

 雨妹としては事前に予想できる状況なので、さほど落ち込みはしない。

 むしろ余りものには福があることを期待して、掘り出し物を狙う楽しみがあるだろう。

 ちなみに、妃嬪(ヒヒン)たちは商人が直接売りに行くため、ここに来ることはない。

 妃嬪付きもそこで買い物の恩恵に預かれるため、宮女たちは専属の立場を欲しがるという面もあったりする。


 それはともかくとして。

 残りかすの中でも必死に装飾品を探す宮女たちを横目に、雨妹は装飾品以外の品物が並ぶ場所にしゃがんでいた。

 こちらはあまり見向きされなかったらしく、他に比べてそこそこ品物が残っているのだ。

 雨妹が見ている場所には鍋などの調理器具や裁縫道具といった雑多なものが置いてある。

 どうやら今日の主役商品以外を、ここへぎゅっと詰め込んだようである。


「へぇ、結構色々ある」


物色する雨妹に商人は物珍しそうな視線を寄越すが、そんな周囲の視線はなんのその。

 雨妹はじっくり品物を眺めていると、鍋に埋もれて置いてある、ガラス瓶に入れられた色とりどりの飴玉が目に留まる。


 ――これを毎日一つずつ食べるとか、いいかも!


「これください!」


飴の瓶を持ち上げる雨妹に、商人は「お買い上げありがとうございます」と言ってにこやかに笑う。


「えっと、お代ね……」


雨妹が商人に代金を払うため、持ってきた財布代わりの袋を懐から出そうとしていると。


「お前は、買うべきものは他にあるだろうに」


頭の上からそんな男の声が降って来た。雨妹が顔を上げると、斜め後ろに立彬(リビン)が立っている。


「立彬様も買い物ですか?」


彼がこの場にいる理由が他に思いつかず、雨妹はそう尋ねた。


「太子宮で済ませた」


しかし返って来た当然といえば当然な答えに、雨妹も「そりゃそうか」と納得する。

 では、立彬はどうしてここにいるのか。

 疑問顔の雨妹を余所に、立彬は手を伸ばして商人の手元へ小銭を落とす。


「これで足りるか?」


「足りるどころか、釣りが来ますよ」


 ――あれ?


 立彬と商人の会話に、雨妹は首を傾げる。

 今のお金はもしや飴の代金だろうか。

 何故にこの男が払っているのだろう。

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