361話 怒り爆発
こんな風に、妙にほのぼのとしていた雨妹であったが。
一方で明や兵士たちは、東国の男と宦官の二人をこの場で身包みを剥がし、軽く取り調べを始めていた。
この場でやれることをやるらしいのは、移動させている最中に妙な真似をされることを警戒しているのかもしれない。
その上皇太后宮で露呈した悪事であるので、宮の主が戻れば横槍を入れられるに決まっているので、それを警戒してこの場の調査を急いでいるのだろう。
ともあれ、犯人の二人はなかなかに屈辱的な格好にさせられていて、雨妹は立彬からさり気なく視線を隠される。
――まあ私だって、好みでもない野郎の素っ裸なんて、見たくないからね。
雨妹も素直に隠されつつ、いつになったら戻れるのかと考えていると、バタバタという慌てた足音と共に、外を警戒していたらしい兵士が現れて叫ぶ。
「百花宮側で、火が上がっているぞ!」
「なに!?」
立彬が顔色を変え、雨妹も「え!?」と声を漏らす。
「はははは!」
すると身包みを剥がれた宦官が、唐突に奇妙な甲高い笑い声を上げた。
「そうだ、もう計画は止まらぬ。
我が望み叶わぬならば、こんな宮城など火の中へと沈むといい!」
「なんということを……!」
宦官の言葉に、兵士たちが顔を青ざめさせる。
「誰もかれも、火に巻かれて死ぬがいい、ははは……!」
愉快そうに笑う宦官を、兵士たちは恐ろしいものを見るように眺めており、浮足立ってきていた。
この国では火事というのは日常であり、恐ろしい怪物でもあった。
火の不始末での出火は厳しく罰せられるし、放火となればさらに重罪だ。
さらにはしばらく前の戦乱では、各所で敵襲による火事が頻発した。
庶民の家は木造家屋が多いので、一旦火事になれば風に乗って飛び火し、あっという間に里全体が燃え尽きる、なんて悲惨なことになってしまった。
無事であったのは宮城だけと言ってもいいだろう。
始まりはほんの小さな火であったものが、結果大勢の命と生活を奪う、それが火事というものだ。
火事を含めた災害を取り締まる専門の武官も各所にいるが、その対応も火事に追い付いているとは言い難いらしい。
そして百花宮で防火の一端を担っているのが、雨妹たち掃除係である。
「いかんな」
場の空気が緊迫している様子に、立彬が小声でそう漏らした、その時。
「ふんだ、火事なんてすぐに消してやるんだから!」
雨妹がそう怒鳴り、ギロリと宦官を睨む。
「……なんだと?」
これに宦官は笑いを引っ込め不機嫌そうにする。
けれど、不機嫌なのはこちらの方だ。
「我々掃除係一同、普段からどれだけ火事対策をしていると思っているんですか?
あんまり舐めたことを言わないでいただきたいですね。
馬鹿にするんじゃない、この口だけ野郎が!」
最後の雨妹の腹からの怒声が、空気をビリッと震わせた。
「ひっ……」
これを聞いた宦官はビクリと肩を跳ねさせ、浮足立っていた兵士たちが硬直する。
宦官は百花宮に大勢いるが、雨妹はこの元は皇族だという宦官の、その目が気にくわないったらない。
決して「皇帝になるかもしれない」なんていう覇気があるようには到底感じられず、むしろ「自分は悪くない」と言わんばかりの目だ。
「だいたい、皇帝になりたかっただぁ?
そんなもの、なればよかったじゃないのさ!
戦乱の頃だったら、実力があればのし上がれたはずじゃない。
それをお膳立てがないとできなかったんだから、そっちの実力不足なんだってば!
このへっぽこ野郎が!」
この雨妹の迫力に、その宦官は先程の勢いはどこに行ったのか、ガタガタと震え出した。
――ちょっと強く当たっただけでそれなの?
そんなもので「皇帝になるのだ」なんて言うなんて、ちゃんちゃらおかしいというものだろうに。
鼻に皺を寄せている雨妹に、立彬はゆっくりと動いて「落ち着け」と肩を叩く。
「相変わらず、なんという威圧感か」
そして明は顔を強張らせながら、そっと息を吐くのだった。




