359話 もったいない人
一応身動きを封じていた東国の男や宦官を、新たにやって来た兵士たちが改めて拘束し直していく。
その様子を横目にしながら、立彬たちが厳しい表情で話をしている。
「皇太后陛下を通して、宮城の動向は東国に筒抜けだったと見るべきでしょうか?」
「まあ陛下とて、皇太后陛下に情報を全て明らかにしたりはしておられないがな」
懸念顔の立彬に、明がそう言って顎を撫でる。
「だが、ここ最近妙に盛り上がっていた明賢様の太子の資質を疑問視する意見も、こうなれば怪しく想えてきます」
「現太子殿下はどちらかというと、戦闘力よりも実務能力に期待を寄せられている方だ。
血気盛んな戦好きの方が、東国は操りやすいだろうなぁ。
まあ、あの大偉殿下が本当に操りやすいかはおいておくとして、の事だが。
かの殿下の情報は案外少ないので、私も正直どんなお方なのか知らん」
「あの親族ならば子とてどうせ親と同程度の中身だろうと、あちらに思われているのではないですか?」
珍しく立彬の言葉が辛辣だ。
太子が東国から罠にかけられようとしていたかもしれず、その隙を作ったのが皇太后なのだから、太子の側近として怒りを覚えるのも当然だろう。
そして怒りを覚えているのは、立彬だけではない。
「東国、跡継ぎ問題起こすのが好き、悪趣味!」
そう吐き捨てるように述べたダジャは、非常に嫌そうな顔である。
そう言えばダジャも、第二王子と跡取りで揉めたのであったか。
真っ当に跡取り争いをするのならばともかく、ちょっかいを出して揉めさせるというのは、確かに悪趣味であろう。
雨妹は黙って立彬たちの話に聞き耳を立てつつ、なんだか暗い雰囲気になってきたのに釣られて、気分が重たくなっているように感じた。
そして気分が重いと、不思議と身体も重くなってくる。
――いや、イカンよ!
雨妹はブルブルと顔を振る。
気分を暗く沈ませるにはまだ早い。
深刻な顔で反省会をするのは、全部が終わってからでもいいはずだ。
「それにしてもダジャさん、武器を持たなくても強いんですね!」
いきなり明るい声で口を挟んできた雨妹に、ダジャは微かに目を見張る。
「鍛えた」
ダジャは照れるわけでもなく、当然だという顔でそう返す。
「それに、そんな遠くまで聞こえるってすごいです!」
「そうか? 不便だが」
それでもめげずに雨妹が続けて褒めると、ダジャからはさして関心のない返答である。
このダジャの耳の良さは相当な特異能力だと思うが、どうも当人はそれをあまり特別なことだと考えている風に見えない。
これまで自分でも周囲の者にも、利点だと思われていなかったのかもしれない。
――いやいや、きっとあの護衛さんたちとかだと、すごく欲しい耳のはずだってば!
それに集中力で聞こえを調節できるというのは、きっとすごく訓練したのだろう。
恐らくは生活に支障が出るので必要に迫られてであろうが、苦労は苦労だ。
しかし一方で、聞こえというのは目に見えてわかる成果ではないので、余人に評価され辛いだろうとも思う。
仮にダジャが「こういう音が遠くで聞こえた」と申告しても、それを実際に確かめることができない。
雨妹の前世と違って便利な電子機器などない世界なのだから、遠くの出来事を一瞬で把握する術はないのだ。
冗談にとられるか、良くても単に勘が鋭いと思われるのがオチである。
――もったいない、もったいない人だよダジャさん!
身体能力的には、きっとどこかの物語で主人公になれるものなのに、環境がそれを生かせていなかったなんて。
上手くいくともしかすると今頃、どこかで伝説を作っていたかもしれない。
今の所伝説になり損ねているダジャに、雨妹は彼を育てた教育係らに、「もったいない育て方をするな!」と説教したくなってきた。
そして願わくば、今後の人生でそんなダジャの能力を生かしてくれる人と出会えるといいなと思う。
父あたりはダジャに辛口な評価を持っているようだが、ダジャはまだ年寄りというわけではないし、評価を覆して人生をやり直すことが十分にできるはずだ。
「人生まだまだこれからですよ、ダジャさん!」
「……は?」
「唐突に、なにを言うのかお前は」
雨妹が応援するのに、ダジャがきょとんとした顔になり、こちらの話を聞いていたらしい立彬が呆れた声をかけてきた。




