353話 腹が立つ!
皇帝とは、「皇族であること」「国を統べる能力があること」という、この二点で選ばれているのが、雨妹にだってわかる。
皇帝位が欲しければ、正統性だなんだというよりも、皇帝に相応しい実力を示して見せる方が先であろう。
当人に能力が足りずとも、その能力を補える仲間を引き付ける魅力という方法だってアリで、そうなるとやり様など色々とある。
実力で認められたのが現皇帝であり、足りない点を人材で補おうというのが現太子だろう。
この宦官が真に頼りになる人物であれば、血筋さえ確かならば皇帝候補として挙げられたであろう。
青い目ではないことが欠点となり得たとしても、青い目が遺伝上の運である以上、過去には当然青い目ではない皇帝だっていたことだろう。
例え宦官にされたことから己の後継を生み出せないとしても、皇族の誰かを養子にすればいいだけだ。
特に先の戦乱は、先帝の後継がいないことが混乱の発端だったというのだから、やる気のある有能な皇族はのどから手が出る程欲しかったはず。
なので正統を主張するならば、戦乱期に軍を統率して戦えばよかったではないか。
仮にこの宦官に戦の才能がなかったとしても、きっとあの父のことだ、誰かが皇帝の座に就く正統性を言ってくれれば、戦いにだけ力を貸して、とっとと田舎へひっこんだであろうに。
この者が本当に皇族で、青い目を持たないというだけで不当に貶められ、宦官にされてしまったというのであれば、雨妹とて同情するところだ。
けれど自分はなにもせずに「もし自分であったならば」という妄想だけを広げ、見目好い国になったところで「ここは私の国だったはずだ」と言い出す。
それを人は「我儘」と呼ぶのではないだろうか?
それに父が戦乱を収めた苦労を「正当なる後継者」という一言で不要なものであったかのような言い方は、雨妹としてはなんというか……。
――そう、なんか、なんか腹立つぅ!
そしてもっと腹が立つのは、そんな宦官の演説を楽しそうな顔で聞いている、もう一人の男である。
まるで玩具が上手く動いていることが楽しいような、そんな様子にイラっとする。
国とは、こんな風に誰かの玩具にされるようなものではないはずだ。
雨妹の怒りがふつふつと湧き上がっているのに気付かず、宦官は気分よく語る。
「しかし勝機が巡ってきた、もうじき私は皇帝となる!
それを歪めた簒奪者らめ、お前の首が復讐の狼煙となるのだ!」
興奮して己に酔っているらしい宦官を、雨妹がギラリと睨みつけた、その時。
ドガァン!
多少の破壊音と共に、部屋の扉が開いたかと思えば。
「ずいぶんよくしゃべる、外まで聞こえた」
片言の言葉を話しながら入ってきたのは、浅黒い肌の異国の男であった。
――え、ダジャさん!?
驚いたのは、雨妹だけではない。
「なっ、なんだ!?」
驚愕の表情の宦官にダジャが迫り、素手で襲い掛かると簡単に捻り上げた。
いくら相手に武の心得がないとはいえ、逃げを打つ間も与えずに素早く、まるで猫のようなしなやかな動きを見せるダジャを、雨妹は呆気にとられて見つめる。
「お前は、ダジャルファード!?」
宦官を捕らえたダジャを見て、もう一人の男が驚きで固まりつつ目を見開く。
「何故お前が都に、しかも王宮にいる!?
そのような情報はなかった!」
どうやらこの男はダジャを知っているらしいが、ここにいるとは思っていなかったらしい。
――ダジャさんって、一度東国の人たちの手に落ちたんだっけ。
途中までその動向を把握していたけれど、都入りしているとは想像もしていなかったようだ。
ということは、東国側は苑州から都への山越えを不可能な道と判断しており、見張りすらいなかったのかもしれない。
雨妹としても、あの山を越えて都に行こうと考えるのは、ちょっとおかしいとは思う。
だがその男はダジャに気を取られている隙に、いつの間にか敵に接近されていることに気付けなかった。
「お前ものん気におしゃべりか、揃って楽しそうなことだ」
ヒュン!
「ぐっ!」
男は声と共に襲い来る棍を受け、数歩後ずさる。
その棍を握っているのは、立彬だ。
「その娘に手を出し、許されると思うな」
立彬の鋭い目が、男を捉える。
――助けが来たんだ……!
立彬の姿を目にして、雨妹はやっと理解する。
静は助けを呼ぶことに成功したのだ。




