352話 青い目と皇族
――この人はなにか、青い目に因縁でもあるのかなぁ?
雨妹が「むむっ」と宦官の態度の理由について考えていると、もう一人がその宦官に声をかける。
「もう後戻りはできん、これが最後の機会だ」
「わかっておるとも! 今ここで、復讐を成し遂げる!」
「そうだ、そのためには本国も協力を惜しまぬだろう」
復讐とは、なんだか不穏な単語が飛び出してきた。
そしてそれを焚きつけている方の男は、「本国」ということはやはり、東国関連か。
けれど復讐とはすなわち、宦官の青い目に対する言い分からしても、皇族に対して怒りを抱いているということだ。
それは一体、どんな怒りであるのか?
謎に思っている雨妹の耳に、思わぬ話が飛び込んできた。
「私が持っているべきであったものを取り戻すのだ。
青い目さえ生まれ持っていれば、私が皇帝になるはずだった!」
「……モガ!?」
雨妹の口から布越しに、思わず声が漏れる。
――え、この人ってひょっとして、皇族なの!?
雨妹は驚きのあまりに目を見開く。
驚く理由としてまず、この宦官は青い目ではないということだ。
青い目こそが皇族の証と散々聞かされてきたが、けれどよく考えて見れば、青い目に生まれるかどうかというのは、遺伝確率の問題であろう。
――遺伝で親のどこを貰うかっていうの、運だしなぁ。
そう思えば、青い目ではない皇族がいてもおかしくはない。
皇族の特徴とされるくらいなので、青い目の遺伝子は相当強いのだろう。
けれど当然、青い目の特徴が受け継がれないということだって、過去には多くあったはずだ。
そして次いで驚く点は、皇族が宦官をしているということだ。
こちらは身分詐称の「なんちゃって宦官」ではなく、本物の宦官だろうということは、外見や声の調子でわかる。
皇族が宦官になるということが、果たしてあるのだろうか? いや、なんらかの理由で子孫を作らせないために宦官にすることは、考えられなくもない。
つまり、この宦官の言葉はあり得ない話でもないわけだ。
雨妹がそのように考察する様子を、宦官は馬鹿にされたと思ったらしい。
「なんだその目つきは、自分が青い目を持っているからと見下しているのか!?」
宦官は顔を真っ赤にして、雨妹に怒鳴りつける。
「どうせお前とて、その青い目を利用して皇族の末席にでも加えてもらおうと、後宮に入り込んだのだろう。
青い目というだけで、どこの馬の骨とも知れぬ分際で、不相応な夢を抱くものよ!」
宦官は雨妹の目的を勝手に捏造して、熱弁してきた。
「青い目がどれほど偉いというのか!?
私は直系皇族であるのに、皇族の証とされる青い目を引き継がなかった、それだけの理由で貶められた!」
うっすら涙すら浮かべて怒りを吐き出す宦官は、青い目への羨望と劣等感をかなり拗らせていたらしい。
これまでこらえて溜まっていた鬱憤が溢れだすように、宦官の怒りの主張はまだまだ続く。
「我こそが先帝陛下に認められし、正統なる後継者である!
私が即位しておれば、戦乱にならずに済んだであろう!
それを皇太后めが、己の欲のために握りつぶし、貶めたのだ!
だが、信じられるか?
皇太后は己が宦官に堕とした皇子のことなど、覚えてもいなかった。
奴の気まぐれの悪意が、私の未来を闇の中へ堕としたというのに……!」
見たところ、この宦官は現皇帝と同世代だ。
あの父は百花宮育ちではなく、そもそも当初は皇帝候補として名も挙がっていなかったというのは、百花宮では有名な話であるという。
なので当時比べるとすれば、皇太后の別の子どもとかであろう。
この宦官の話を信じるならばという仮定のことだが、少なくともその皇太后の子どもよりも、こちらの宦官の方が優秀だったのかもしれない。
それを宦官にするというのは、殺されるのとどちらがマシかと考えると、微妙なところであろう。
――ろくなことをしない人だなぁ、皇太后陛下って。
これまで皇太后に関することに、雨妹はしばしば遭遇してきた。
その経験からすると、皇太后という人物像は、陰謀を張り巡らせるという質の人ではない。
むしろ思い付きで物事を進めていく性格な気がする。
けれどそうした思い付き人間に権力を持たせるのは、確かに周囲は色々と困るだろう。
そうした点では、この宦官は不幸に思う。
――けど、「正統な後継者」っていうのもなぁ……。
雨妹は内心で眉をひそめる。




