351話 雨妹、奮闘する
静が奮闘していたその頃、囚われの身となった雨妹はどうしているかといえば。
袋に詰められたまま運ばれ、どこかでドサリと放り投げられてしまう。
「モガー!」
――ちょっと、もっと丁寧に扱いなさいよね!
雨妹は文句を言いたくても、口を布で覆われてそれもできない。
最初口は自由だったのは、すぐに攫われる恐怖で声も出なくなるだろうと思われたようだ。
しかし生憎と、雨妹は恐怖で竦むようなか細い神経を持ち合わせていなかった。
攫った相手はモガモガと袋の中で騒ぐ雨妹に取り合わず、ズカズカと足音が遠ざかっていく。
どうやら雨妹はここで放置されるようだ。
――よし!
雨妹は今のうちに脱出まではいかずとも、せめてこの袋から出ようと、モゾモゾと動く。
どうやら袋を縛る紐が緩かったようで、芋虫よろしく懸命に足掻いた結果、顔だけ袋から出すことができた。
「ムムゥ!」
そうして袋の外の景色を見ることができた雨妹は、ぐるりと顔を動かして周囲を窺う。
雨妹が転がっているのは何処かの部屋であった。
中は薄暗く、明かりは天井付近の風を入れるためであろう隙間からの、微かなものしかない。
外からの明かりがとれる窓がないのは、おそらく外に面していない内側の部屋なのだろう。
それでもこの薄暗さに慣れてくると、だんだんと中の様子が窺えるようになる。
装飾がきらびやか、というか過剰なくらいに派手であり、偉い人が使う部屋だということがありありとわかる。
雨妹はてっきり物置かなにかに押し込められるかと思いきや、意外な場所だったことに目を丸くする。
――いや、案外こっちの方が、人がいないのかも。
今日はどこの宮でも、庭園が望める部屋が使われていて、宮の奥にある部屋には逆に人がいないことだろう。
だがそうなると、雨妹には現在どこにいるのかさっぱりわからない。
掃除係の雨妹なので、外の景色を見れば、ぼんやりとでも当たりをつけることはできたかもしれないのに。
さて、その部屋の外では、雨妹を攫った二人が話している。
「……!」
「……」
若干揉めているようにも聞こえる声が響いているが、なにを話しているのかと雨妹が耳を澄ませていると、二人の足音がこちらに戻ってきた。
「む、脱出しているではないか!」
宦官の方が袋から顔を覗かせている雨妹を見て、もう一人に怒鳴る。
「紐が緩かったか。
だが小娘一人、なにができるはずもない」
そのもう一人はそう言って馬鹿にしてくるが、宦官の方は雨妹を睨み、忌々しそうに舌打ちした。
「宮女の分際で、青い目を持つとは……なんと憎らしい!」
このように悪し様に言われた雨妹だが、これまでだって青い目のことをなんだかんだと言われたことくらい、実のところ数えきれない程ある。
なのである意味慣れているので、特になんとも思わない。
皇族の証とされる青い目であるが、実は庶民の中にも青い目というのはごくたまにいると聞く。
そうした場合、ご先祖様のどこかに皇族の端くれがいたのだろう、くらいの認識である。
雨妹のように、青い目の血筋を辿れるくらい皇族に近い世代ならばともかくとして。
そうではない、話にも伝わっていないような、遠いご先祖様の特徴が遺伝した身の上での青い目の主だっている。
しかも青い目は身分が高い者にのみ見られるというわけでもなく、農民の中にもたまにいるという。
崔国の歴史はそれなりに長いので、庶民に紛れた皇族というのはそこそこいるものなのだ。
それを他の者から「分不相応」だの「生意気」だのと言われることは、雨妹に限らずよくあることだろう。
けれどこの宦官の言い方は、それらとは少々毛色が違うように感じる。
「憎らしい」と言いながら、どこか羨んでいるようにも聞こえたのだ。




