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33話 皇子の診察

そんないざこざがあったものの、雨妹と子良は友仁皇子の診察に取り掛かる。


友仁(ユレン)皇子殿下、腕に触ります」


子良は友仁皇子の座った椅子に近寄り、一言断ってからその腕を取ると、先程卵と牛乳を水で薄めたものを腕の内側に一滴ずつ落とす。


「ちょっとだけ針で刺しますから、痛かったら言ってくださいね」


雨妹はそう告げて液で濡れた箇所を針で軽く刺し、しばし待つ。

 今雨妹たちが試みているのは、アレルギーの皮膚テストだ。

 これは短時間で結果が出る方法で、当然事前に雨妹たち自身で試験済みである。

 雨妹は卵・牛乳・小麦のどれも反応なしで、子良も同様だった。

 さらにそこいらをうろつく宦官に捕縛しつつも協力を要請してみたところ、牛乳にうっすらと反応したのが二人いた。

 彼らには牛乳で炎症を起こす体質であることを告げると、「どうせそんな高級品を飲むことは滅多にない」と言いつつも、今後一応気を付けるとのことだった。

 そして友仁皇子はというと、牛乳は変化なしだが、卵の方の変化が早い。

 針で刺した箇所が、みるみる赤く腫れあがっていくのがわかる。


「腫れるのが早いですね」


「しかも腫れ方が酷い」


雨妹は子良と囁き合う。

 痛々しいくらいに腫れてしまい、明らかに重症を示していた。

 友仁皇子も痛痒いのを堪えているのか、顔をしかめている。


「先生、薬を」


「そうだな」


子良は針で刺した箇所を拭うと、腫れを抑える薬を友仁皇子に処方する。

 その間に雨妹は、この一連の様子を見守っていた一同を見渡す。


「皇帝陛下、皆さま、ご覧ください。

 この腫れは卵液を塗った箇所です。

 この炎症反応から判断すると、友仁皇子殿下は重度の卵過敏症であることが判明しました」


「まあ……」


「なんと……」


説明を聞いた(フー)昭儀は、その異様な腫れ具合に顔色を青くし、皇帝は純粋に驚いていた。


「今、皇子殿下は腕に卵液を塗ってこうなりましたが、体内でも同様の症状を引き起こします。

 内臓がこのように腫れれば、想像を絶する苦痛だったことでしょう」


雨妹の言葉に、友仁皇子本人も呆然としている。

 自身の苦しみの原因がようやく判明したことに、理解が追い付いていないのだろう。


「卵だなんて、食卓によくあがるものだわ」


胡昭儀がそうポツリと零す。

 さすがそこそこ位の高い妃嬪ともなれば、卵を常食しているらしい。


「友仁殿下は食が細いですから、少量でも栄養があるものをと考え、むしろ卵をお出しする回数は多かったはずです」


年配の女官が気遣わしい表情で胡昭儀を見る。

 知らなかったからとはいえ、食が細くなっている原因を押し付けるも同然の行為だ。

 きっとこの話を聞く屋敷の台所番は、顔色を青くすることだろう。

 衝撃を受けて気落ちする胡昭儀たちに、雨妹は助言する。


「食物の過敏症は、成長と共に症状が緩和されることが多いので、あまり不安に思い過ぎないことです」


「……本当に?」


胡昭儀が小さく問うのに、雨妹は大きく頷いてみせた。


「本当ですとも。

 だから友仁皇子はまず適切な食事をとって体力をつけて、健康な身体になるように心がけましょう。

 そうすれば、身体が卵に打ち勝つ時が来ます」


幸いなことに牛乳には反応しなかった。

 牛乳は栄養がたっぷり含まれているので、積極的に飲むといいだろう。


「友仁……」


胡昭儀がゆっくりと歩み寄ると、友仁皇子の前で屈んでその両手を取った。


「あなたの苦しみを理解してあげられなかった愚かな母に、詫びさせてちょうだい。

 そしてこれからはちゃんと食べられる食事を用意させますから、早く元気な姿を見せてほしいわ」


「……母上」


痛みを堪えるものではない涙が、友仁皇子の目から零れ落ちる。

 これまで胡昭儀たちの様子を見守っていた皇帝が、ふいに椅子から立ち上がった。


「なるほど、今聞いた理由ならばあの宴での苦しみようも理解できる。

 呪いなどという馬鹿馬鹿しいものではなかったのだ」


皇帝がそう告げて友仁皇子を見る。


「友仁よ、もっと早くに他の医師を寄越すべきだった。

 これほど遅くなったことを、朕からも詫びよう」


「そんな、僕は……」


謝罪を口にした皇帝に、友仁皇子が狼狽える。

 この瞬間、友仁皇子の「呪い憑き」という評価は消えた。

 後は雨妹が交流のある宮女たちにこの噂を流せば、きっと悪い評判もあっという間に塗り替えられる。

 むしろ過敏症という症状を世に知らしめた人物として、名を遺すかもしれない。

 幼い身で苦しんだ友仁皇子には、他人に優しくできる大人に育ってほしいと、雨妹は願う。


 ――とりあえずは目的達成!


 雨妹的には「これにて一件落着!」と言いたくなるような、大団円の室内であったが。

 そんな中一人、蚊帳の外にいる人物がいた。


「こんなことって……」


文君は忌々し気に呟くと唇を噛み締め、胡昭儀が友仁皇子を抱きしめる姿を憎々しげに睨む。

 その姿を、雨妹は静かに見つめていた。

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