327話 長居する皇子
こうして食事を始めてしまった皇子だが。
――この人って、いつまでここにいるのかなぁ?
満足したならば、サッサとどこかへ行ってほしいと、雨妹は思ってしまう。
なにせこの皇子が去ってくれなければ、雨妹たちが食事にありつけないのだ。
なので正直邪魔だなと思いつつ、静と一緒に顔を伏せ気味にして隅に控えていた雨妹である。
けれど皇子は自分でも気になる料理を勝手に皿に取り分け出してしまい、なかなか「じゃあさようなら」という展開にならない。
「お茶をもう一杯欲しいところだ」
さらにはこのようにお茶のお代わりを要求してくる始末。
雨妹はこれまた断るわけにもいかないので、花茶を淹れることとなってしまう。
――腰を落ち着けると長くなる質か、この人は!?
お茶を淹れながら、雨妹はイライラしてきた。
前世でもたまにいたのだ、ちょっと世間話という体で捕まった相手に長々と付き合わされ、結果かなりの時間を消費させられるという人が。
そういう人のことを「お尻から根が生えている」なんて言ったものだ。
そしてこの皇子は、まさに太い根っこが生えてしまっていると見える。
料理を寸前でお預けされた状態で、他人の食事の世話をすることとなった雨妹は、だんだんとげんなりした気持ちが表情に出かかってきた。
それに自分で気付いてサッと表情を引き締めるのを、数回繰り返していたところで。
「ふむ、そなた」
雨妹が差し出したお代わりの花茶を皇子は受け取りながら、こちらの顔を覗き込むようにしてきた。
急に距離を詰められ、雨妹は思わず一歩下がる。
皇子は逃げた雨妹を「無礼だ」と言うでもなく、何事か思案するように首を捻っている。
「そなたは、名を雨妹というのか?」
そしてこのように皇子に尋ねられたが、恐らくは先程の静とのやり取りが聞こえていたのだろう。
しかし、下っ端宮女の名前がなんだというのか?
それに雨妹は、皇子に名が知れることへあまりいい予想ができない。
だがここで無駄に否定して嘘をついても、後々面倒になるかもしれない。
「そうです」
仕方なく肯定した雨妹に、皇子が口の端をクッと上げた。
「なるほど。
では利民の話にあった『後宮にいる青っぽい髪の変わった娘』というのは、そなたか」
これを聞いて雨妹は目を丸くする。
「利民様をご存知なのですか!?」
まさかこの皇子からその名前を聞かされるとは思わず、驚く雨妹を見て、皇子が楽しそうな顔になって語るには。
「我が揚州は陸路の通商の要の地、故に通商の関係で海路の佳とも付き合いがある」
なるほど、この皇子は揚州の出らしい。
生憎と揚州という土地には詳しくないし知り合いもいない雨妹だが、通商の要の地という響きはなんと心地よく聞こえることだろうか。
――きっと異国の珍しいものがたくさんあるんだよね、食べ物とか!
雨妹はこれまでのイライラから一転して、うっとりした表情になった。
皇子の方も、雨妹に笑顔で告げる。
「あの男、強いし気風がいいのだが、どうにも不器用なところもあるだろう?
前に話をした際に、結婚生活があまり上手くいっていない様子であったので、少々心配しておったのだ」
それが先日会った時には、まるで人が違ったかのように機嫌が良くて、皇子はものすごく驚いたのだそうだ。
――やっぱり周囲には駄々洩れだったのか、利民様の女性への奥手ぶりって。
これに雨妹は「やはり」という感想しかない。




