316話 鎧たち
「どうして門が開いている!」
「面妖な、妖術か!?」
城壁上では大慌ての大騒ぎであり、ゆっくりと開くのが止められないでいる門の向こうでは、慌てた兵が集まってきて、守りを固めだす。
しかし陣形なんてあったものではなく、ただの兵の集団でしかない。
「……ここの兵らは、大丈夫なのか?」
開いた門をゆったりと進みつつ、敵ながら心配してしまう大偉の隣で、宇がニヤニヤしていた。
「焦っているねぇ、ここの連中って平和呆けしているから」
なんとも意外な言葉を聞いた大偉が、「平和呆け?」と不思議に思っていると、宇が説明してくれた。
「だって、国境砦ならともかく、この州城が戦場になることはまずないもの。
そういう風に建てられているからね」
この城は大きな街道が繋がっているわけではなく、抜け道を使わなければ細い山道を通ってくるしかない。
抜け道を使えたとしても、あまりに大勢で一度に通れるものでもなかった。
万が一通っている最中に抜け道の前後を崩されれば、山の中へ生き埋めである。
これらの事を鑑みるに、確かに大軍で攻めるには向かない場所であろう。
それに先の内戦の折にも、この地で戦った皇帝志偉の主な戦場は苑州と青州の州境付近であり、苑州城へは面倒で入っていないと聞いた気がする。
当時信用できるかわからない皇帝相手に、地元民が抜け道の存在を明かしたかは不明であるし、山越えの道しか示されなかったのならば、皇帝が不便さと時間の問題で州城へ行かない選択をしてもおかしくはない。
つまり、この州城は昔から大きな戦いを経験しておらず、「引きこもって静観し、相手が諦めるのを待つ」という戦法が取られてきたのだろう。
なるほど、国境砦と違ってこちらに配備される兵とは、楽な仕事であるのか。
それに兵たちは宇と毛の存在に、誰も気付く様子がない。
小奇麗な格好で目立ってうっかり殺されないようにと、わざと粗末な格好をさせていたのだが、州城内から切り離された兵たちの目には、単なる貧乏人の二人でしかないらしい。
「なるほど、これは楽に通れそうだが、張り合いがなくつまらんな」
大偉がそうため息を吐いてから、兵の集団に向き直る。
「これより州城を制圧する。
我は大偉、志偉皇帝陛下の皇子が一人である。
陛下の命だ、ここを通らせてもらおうか」
この大偉の名乗りを聞いて、兵たちがざわつき出す。
「大偉皇子だと!?」
「もしや、あの噂に聞く斬り裂き皇子!?」
苑州でも自身の名が知れているとはなかなかのものではないだろうか? などと大偉は少々得意になる。
もしこの場に飛がいれば「悪名ですよ」と言葉を挟んだかもしれないが、生憎と今は一緒ではない。
もっと言えば、百花宮の青い髪の宮女がこれを聞けば、「似合い過ぎる二つ名!」と叫んだことだろう。
けれど生憎と、両者ともこの場にはいない。
「お兄さん、有名人だったの?」
そう尋ねる宇に、大偉は眉を上げる。
「実はな、もう少々爽やかな二つ名が欲しいと思っているところだ」
大偉がひそやかな本心を宇に漏らすのに、宇が「ふぅん」と相槌を打つ。
「やはり、大偉殿下でしたか」
毛はというと、表情を強張らせながらも、顔色はさほど悪くはない。
「あなたという存在に慣れたのですよ」などと飛は言いそうだ。
一方で、兵たちには懐疑的な態度の者もいるようである。
「制圧しに来たと言ったぞ」
「だがたった一人で、あとは女と子どもだ」
「本物なのか、騙りではないのか?」
どうでもいいが、敵を前にしてお喋りに興じるとは、この兵たちはのん気過ぎではないのか?
数で勝っているという安心感故なのかと大偉が呆れていた、その時。
『なんだなんだ、何者だぁ!?』
そのような大声が聞こえてきて、兵の集団の後方でガチャガチャと金属音が響いてきた。
「うげぇ、面倒なのがいる」
これを聞いて、宇がしかめ面になる。
「気をつけなよね、東国のナントカ将軍っていう奴で、かなりイカれているから」
そう早口に説明した宇は、一旦逃げるために毛と共に門の外まで戻った。




